【親子abc】 2010.12.3

 先日、『読売新聞』の「親子abc」というコラムを担当している松本記者から取材を受けました。以下が『読売新聞』に載った記事です。
長い話をうまくまとめてくださいました。自分の失敗談も載っているので、少々気恥ずかしいのですが。

 松本さんによると、昔の親はしっかりしていたのに 今の親はダメだ、というおしかりを読者から受けるのだとか。そうした読者からすると、私など、困った親で、困った研究者かもしれません。でも、色々な考えがあることを伝えたいと松本さん。とても楽しい取材でした。
 一つだけ弁明すると、娘を厳しくしかりつけたのは、私ではなく父親の方です!? 


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コミュニケーション(4)つい説教、会話にならない
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 我慢できずについ説教。会話になりません。(中2男子の父)
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 会話をしているつもりが、気づくと説教に……。よくある親の現実に、実践女子大学の広井多鶴子教授(親子関係制度史)は「今の社会に広がる、あるべき親子像が頭にしみ込んでいるんですね」と苦笑し、「実は現代ほど親が子どもの成長に責任を感じ、時間や手間をかけている時代はありません。つい説教は、その裏返し」と言います。
 広井さんによると、1971年版の「厚生白書」で初めて親子の対話不足が取り上げられたように、70年代になって、親子関係の大きな問題として従来の「親の権威低下」に代わり、コミュニケーションの重要性が指摘され始めました。そして次第に、親は子どもと対話を密にし、厳しくも温かい理解者であるべきだという理想像となって広がり、一方、子どもについては「そんな親に反発しながらも成長し、乗り越えていく」というモデルが定着していきます。反面、あるべき姿を意識するあまり、現状とのズレは自分の責任と、親が自身を追い詰め、子どもを怒ったり説教したりしがちだというのです。
 と言いながらも、広井さんは「私もかつてはそうでした」。長女(18)の高校生時代、校則違反などで学校に呼び出される度に厳しく叱りつけ、反発した娘は部屋に籠城。「言い分を聞き、あとは子どもの力を信じてあげればよかった」と振り返ります。自分だって、親に心配をかけながらも何とかここまで来たじゃないか――。今となっては思い出話だそうですが、感情にまかせた説教の効の薄さを痛感したそうです。
 「親も失敗します」と広井さん。説教しそうになったら、「さて自分は?」と自問してみること。そうしたら、子どもの声に耳を傾ける余裕が生まれるはずです。(松本美奈)
2010123 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/qanda/abcoyako/20101203-OYT8T00388.htm