【児童虐待3】
児童虐待は増えているか? 2008.3.11
■児童相談所での相談対応件数の増加
児童相談所に寄せられる児童虐待の相談件数が増え続けている。統計が取られるようになった90
(平成2)年の1101
件に対し、07
(平成19
)年は4
万639
件。 この件数の増加から、児童虐待が急増していると問題にされてきた。この数値がそのまま虐待件数を表すものではないにしろ、これだけ増えているのは実際に虐待が増えているからだと考えられているのである。また、これは実は氷山の一角で、背後には膨大な暗数があるとも言われる。 確かに、暗数はあるだろう。だがこの相談件数の増加でもって、児童虐待が増えていると見なしていいのだろうか。この20
年ほどの間に、親が大きく変わって、虐待が多発するようになったとは、私にはどうも思えない。関連するデータを見てみよう。
【資料1】児童相談所における児童虐待相談対応件数の推移厚生労働省「児童虐待の現状とこれに対する取り組み」http://www.mhlw.go.jp/seisaku/20.html
■警察の統計虐待による被害児童数
資料2は警察が検挙した児童虐待事件に関するデータである。警察庁が児童虐待の統計を取るようになったのは1999
年。このデータでもやはり被害児童数は大幅に増加している(99
年124
人、08
年319
人)。ここには載せなかったが、虐待件数、検挙人員もほぼ同様の数値である。【資料2】児童虐待による被害児童数
以下の資料より作成。 警察庁生活安全局少年課「平成19
年度中における少年の補導及び保護の概況」 http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen39/syonen19.pdf
警察庁生活安全局少年課「少年非行等の概況(平成20
年1
〜12
月)」09.2
http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen38/syonenhikou_h20.pdf
だが資料3を見ると、また違った傾向が見える。これは資料2のうち虐待によって死亡した児童数を取り出したものだが、99
年以来、死亡児童数は年間50
人前後で推移しており、とくに増加傾向はみられない。殺人と傷害致死がほぼ同数で、両者で死亡事件のほとんどを占める。 このデータをどう読み取るか。死亡にまで至る極度の虐待は増えていないが、そこまでには至らない虐待が増えていると考えることもできる。一方、殺人や傷害致死といった死に至らしめる事件が最も暗数の少ない事件であることからすれば、死亡事件が増えていない以上、虐待が増えているとは言えない、というようにも考えられる。【資料3】虐待による死亡児童数 同上資料より作成。
■警察庁「嬰児殺」の統計
ともあれ、もう少しデータを見てみよう。もっとも、虐待に関する継続的な全国データは上記以外にはない。断片的、断続的な調査はいくつかあるのだが、調査対象や虐待のとらえ方などが違うために、比較することができない。 だが、子どもの殺人被害に関しては長期的なデータがある。以下に紹介する警察庁の「嬰児殺」と、厚生労働省「人口動態統計」の「死因」に関するデータである。 両調査とも、親による殺害とは限らないが、乳幼児の場合はその多くが親によるものであり、嬰児殺(0歳児の殺害)の場合は、9割方が親によるものと言われている。また、資料3の警察統計によると、虐待の被害者は0歳児が最も多い。したがって、0
歳児の殺人被害のデータから、虐待による死亡件数の変化を大まかにつかむことができる。 資料4は嬰児殺の認知件数である(湯浅雍彦『データで読む家族問題』)。これによると、嬰児殺しは40-50
年代が最も多い。ただし、この当時は子どもの身売りが問題となっており、もらい子殺害事件なども起きているため、親以外による殺人も少なくなかったものと思われる。1948
年に発覚した「寿産院事件」では、一説によると103
人の乳幼児が殺害されたとされる。 嬰児殺しは50
年代後半に減少するが、それでも60
年代から70
年代半ば頃までは、年間170
〜220
件もの嬰児殺が起きている。だが、70
年代後半になると大幅に減少する。この時期出生数が減少するとはいえ(第2
次ベビーブームのピークは73
年)、嬰児殺はそれ以上に急激に減少している。 近年嬰児殺の数値は以下の通り。嬰児殺は認知件数も検挙人員も近年さらに減少している。警察庁「平成20
年の犯罪」などより作成。統計(警察庁)http://www.npa.go.jp/toukei/keiji37/h20hanzaitoukei.htm
01
年 認知件数33
検挙件数31
検挙人員29
02
年 認知件数29
検挙件数29
検挙人員21
03
年 認知件数27
検挙件数26
検挙人員18
04
年 認知件数24
検挙件数23
検挙人員21
05
年 認知件数27
検挙件数23
検挙人員19
06
年 認知件数22
検挙件数21
検挙人員17
07
年 認知件数23
検挙件数22
検挙人員18
08
年 認知件数28
検挙件数25
検挙人員19
また、「警視庁の統計」によると、東京都の嬰児殺の認知件数は01
年1件、02
〜04
年0
件、05
年1件、06
年2
件である。虐待は都市化と核家族化による母親の孤立が原因だと言われることが多いが、東京都の嬰児殺は近年非常に少ない。警視庁の統計 http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/toukei/bunsyo/toukei18/k_tokei18.htm
【資料4】嬰児殺等の認知件数■人口動態統計「他殺」による死亡件数
資料5は、「人口動態統計」による0歳児および0〜14
歳の子どもの他殺による死亡者数である(田間泰子『母性愛という制度』)。0歳児の他殺による死亡者数は、資料4の嬰児殺のデータと同様、70
年代後半に急減する。死亡率でみると、70
年代半ばまでは対出生10
万人比6
〜10
程度だったが、90
年代末には3程度まで下がっている。 資料6・7は近年の同統計だが、04
年以降さらに低下していることがわかる。07
年の死亡率は1.3
。虐待が社会問題となった90
年代末よりはるかに低い。つまり、0歳児の他殺件数は70
年代前半の年間200
人ほどから07
年14
人へ、出生10
万人当たりの死亡率については6
〜10
から1.3
へと減少したのである。1歳以上の子どもの他殺による死亡率も低下しており、07
年、1
歳—4
歳0.4
、5—9
歳0.3
、10—14
歳0.1
。 つまり、現在は子殺しも、親以外による子どもの殺人も、最も少ない時代である。今ほど子どもが殺されずにすむようになった時代はない。そうである以上、死に至らない虐待だけが急増しているとは、私にはどうしても思えない。*なお、虐待による死亡事例については、警察庁と厚生労働省が調べているので、いずれそれについて紹介します。 【資料5】0歳児他殺数と対出生10
万人比等
【資料6】他殺による0
歳児の死亡数政府統計の総合窓口「人口動態統計」(上巻)「乳児死亡」より作成 【資料7】他殺による 0
歳児の死亡率(対出生10
万人比) 同上「人口動態統計」より作成