【少年非行3 
 非行の原因論(2)
 過保護や甘やかしが原因か?  2007.3.2




 「非行の原因論1」では、次のようなことを書いた。1980年代以降の内閣府の世論調査では、非行を生み出す家庭家庭の原因として、①甘やかし、②しつけが不十分、③親子の会話やふれあいが少ないの3つが常にベスト3であり、放任や厳格を挙げるものはそれらより少ない(1970年代はよく分からない)。
 そうした調査結果から、ああ、やっぱり子どもを甘やかす親が増えているんだとか、親が甘いから子どもが非行に走るんだとか、子どもを甘やかす親が多くなったから、非行が増えているんだというようには言えない。これは世論調査であって、そう感じている人が多いということを表しているに過ぎない。
 もっとも、世論調査に根拠がないとか、意味がないということではない。こうした世論は、現実の親子の姿を映していると見ることもできるし、親の問題を様々に書き立てるマスコミや研究の反映とも考えられる。なぜこのように考えられているのか自体、面白いテーマだと思う。
 けれども、ここではそうしたことを書きたいわけではない。実は、世論調査の結果と、非行少年自身やその保護者を対象とした調査とは、かなりズレがある。どんな違いがあるのかについて、以下では考えていきたい。


世論調査甘やかしとしつけ

 まず、世論調査を2つ見ておこう。

 資料1は非行に関する意識調査ではないが、親や家庭に対する見方の厳しさがよく伝わってくる。この調査では、「最近は家庭のしつけなど教育する力が低下している」という見方についてどう思うかという質問に、全くそのとおりだと思う(31.2%)、ある程度そう思う(43.9%)、計75.1%がそう思うと答えている。以下は、なぜそう思うのかを尋ねた結果である(複数回答)。過保護、甘やかし、過干渉がとくに問題になっていることがよく分かる。
 資料2は、「非行の原因論1」(調査⑦)に挙げたものである。ここでも、甘やかし、会話・ふれあいが少ない、しつけがトップ3である。

【資料1】青少年と家庭に関する世論調査 1993(平成5)年(対象20才以上)
 http://www8.cao.go.jp/survey/h05/H05-05-05-02.html

   子どもに対して,過保護,甘やかせすぎや過干渉な親の増加 (64.9)
   子どもに対するしつけや教育に無関心な親の増加 (35.0)
   学校や塾など外部の教育機関に対するしつけや教育の依存 (33.1)
   親子がふれあい,共に行動する機会の不足 (32.2)
   子どもに対するしつけや教育に自信をもてない親の増加 (30.4)
   子どもに対するしつけや教育の仕方がわからない親の増加 (28.3)
   父親の存在感の低下 (27.4)
   職業をもつ母親や家庭外で活動する母親の増加 (25.8)
   子どもに対するしつけや教育について明確な方針をもたない親の増加 (24.9)
   子どもを,親以外の大人(祖父母,近所の人など)とふれあわせる機会の不足 (20.6)
   子どもにいろいろな体験をさせる機会の不足 (20.3)
   家族一人一人の個人主義化 (18.8)
   子どもを,兄弟・姉妹,友人などの間で互いに励まし競い合わせる機会の不足 (18.0)
   親に対する子どもの信頼感の低下 (17.2)
   子どもが,働く親の姿を知る機会の不足 (14.2)
   子どもに対するしつけや教育についての相談相手の不足 (13.3)


【資料2】青少年の非行等問題行動に関する世論調査 1998(平成10)年(対象20才以上) http://www8.cao.go.jp/survey/h10/seishonen.html

Q5 家庭について,何か問題だと思う点がありますか。この中ではどうでしょうか。いくつでも挙げてください。
   親が子供を甘やかしすぎている(54.0
   親と子供の会話,ふれあいが少ない(53.9
   幼児期からのしつけが不十分(38.9
   親の権威が低下している(34.7
   親が子供を放任している(29.6
   親の教育方針が進学中心に偏っている(29.6
   親が確固とした子育ての方針を持っていない(26.3
   親が子供に干渉しすぎている(25.8
   父親が子育てに参加せず,母親にばかり子育ての負担がかかっている(24.2
   家庭内が円満でない(21.8
   親が自己中心的である(20.0
   親の生活態度が悪い(19.1
   親が子育てに関して十分な知識を持っていない(17.8
   親が子供に暴力をふるう,虐待する( 8.9


非行少年を対象とした調査放任と厳格

 では、非行少年を対象とした調査ではどうか。法務省の『犯罪白書』には、
1974(昭和49)年版から1995(平成7)年版まで、犯罪少年の親の養育態度に関する調査結果が載せられている。下記の資料3は、1995年版のデータである。 http://hakusyo1.moj.go.jp/
 これによると、一貫して最も多いのが放任で、減少傾向にあるとはいえ、なお約半数を占めている。その次が意外なことに厳格で、過保護・甘やかしよりも多い。しかも、厳格が増え、過保護・甘やかしは減っている。この結果からすると、子どもを甘やかす過保護な親が増えたとは言えないし、過保護な親が増えたから非行が増えたなどと言うこともできない(そもそも非行が増えているかどうかも問題だが)。


【資料3】
Pasted Graphic


 資料4〜8は、
2005(平成17)年版の犯罪白書に掲載されているもの。2005年2月14日から同年4月15日までの2か月間に、「保護者会又は面会のために、少年院を初めて訪れた少年の保護者」を対象とした調査の結果である。 http://hakusyo1.moj.go.jp/


【資料4】
Pasted Graphic 1


 資料4では、「子供に口うるさかった」というのが、母親では最も多く、父親でも過半数を超える。これが厳格に当たるとすると、資料1と同様、厳格な親はかなり多 

いことになる。非行少年を対象とした資料5の調査でも、「親が厳しすぎる」が最も多い。
 犯罪白書は、資料5の結果から、「主に母親の過干渉的な養育態度に対し、厳しすぎると反発を感じてはいるものの、その他の点に関する親への不満は弱まりつつあることがうかがわれる」と書いているが、これは興味深い指摘だと思う。
 他方、「子供の好きなようにさせていた」が放任だとすると、父親の場合は、放任が最も多い。親の養育態度としてはやや異質の「夫婦の子育ての方針が一致していなかった」を除くと、母親でも2番目に放任が多い。また、「子供の行動に無関心だった」「子供との会話が少なかった」を合わせると、放任的な養育態度は、非行少年の親の場合、かなり多いと言えるだろう。
 もっとも、「子供の好きなようにさせていた」は、甘やかしとして捉えることもできる。甘やかしと言うのは、子どもの言うなりになって、子どもの好きなようにさせることだろうから。ただ、資料3で、「甘やかし・過保護」となっているように、甘やかしは放任と違って、子どもへの強い関心が含まれているものと思われる。「子供の好きなようにさせていた」は、放任と甘やかしの両方が含まれていると見るしかないのかもしれない。


【資料5】
Pasted Graphic 2


 資料6は、保護者に非行の原因を聞いたものだが、これは一般の世論調査と大きく異なる。世論調査では家庭に原因があるとするものが最も多いが、非行少年の保護者では、本人や友人に原因があるとするものの方が家庭よりもが多いからである。
 こうした親の見方を倫理的に批判することは可能だろうが、非行少年を対象とした資料6〜8と合わせて考えてみると、必ずしも親の認識が甘いとは言えない。少年自身も、過半数が自分自身に原因があると考えており、次が友人・仲間で、家族を挙げたのは、かなり少ないからである。しかも、非行少年の家庭生活に対する満足度は上昇している。
 犯罪白書は、資料8について、「非行少年,一般青年ともに、家庭生活に対する満足度は、上昇傾向にあるが、非行少年の満足度は、一般青年と比較して10ポイント以上低い」と書いている。だが、この程度の差しかないと捉えることもできるし、満足度の上昇をどう評価するのか、という問題もある。

【資料6】
Pasted Graphic 3

【資料7】
Pasted Graphic 6

【資料8】
Pasted Graphic 5



世論調査の誤解親一般のイメージ

 以上のように、世論調査と非行少年を対象とした調査では、かなりの違いがある。

 まず、指摘できることは、世論調査では、親や家庭、中でも親の養育態度に最も大きな原因があると捉えられてきたのに対し、非行少年とその親を対象とした調査では、家庭に原因があるという見方は少ないということである。しかも、非行少年の家庭の満足度は上昇しており、一般青年との違いもそれほど大きいとは思えない。
 こうした結果は、親や家庭に非行の主な原因があるという見方自体を反省する材料になるのではないかと思う。もちろん、非行少年の親に問題はないと言いたいわけではないのだが、親の養育態度ばかり問題にされすぎているのではないか。

 もう一つは、親の養育態度の内容である。世論調査では、親が子どもを甘やかし、きちんとしつけないから子どもが非行に走ると考えられており、それゆえ、過干渉や厳格はそれほど問題にされていない。つまり、厳しさやしつけの欠如=甘やかし・過保護が、非行の主な原因と見なされてきた。
 だが、実際の非行少年の親は、過保護や甘やかしよりも厳格が多く、非行少年も親が口うるさいと思っている者が最も多い。厳しさがなく、子どもの言いなりになっている甘い親が増えているから非行が増えているのだといった見方は、単なるイメージに過ぎないことが分かる。
 また、世論調査では、放任はそれほど問題にされないが、非行少年の調査では、減少傾向にあるとはいえ、放任が一貫して一番の問題である。

 では、なぜ世論では、甘やかし、つまり、〈厳しさ=しつけ〉の欠如がクローズアップされ、他方、放任はあまり問題にされないのか。
 そのヒントは資料1と2にあるように思う。資料1は、非行の原因を聞いたものではなく、今日の親一般の養育態度の問題を列挙したものである。その資料1と非行の原因を聞いた資料2は、どちらも同じような結果になっている。つまり、過保護や甘やかしが問題になっているのである。
 要するに、世論調査の結果は非行をもたらす家庭の原因を挙げているように見えて、実は今日の親一般のイメージを語っているに過ぎないのではないか。私としては、こうした親のイメージ自体にかなり問題があると思っているのだが、それにはまた別の検証が必要なので、とりあえずは、親一般のイメージをあたかも非行をもたらす親の問題と見なしてしまうことに誤解があると言いたい。世論調査と非行少年の調査とのズレは、そうした誤解を表している。