【少年非行5 
 1970年代半ば以降、少年犯罪は「軽量化」した  2009.3.22





■1980年代と2000年前後の増加

 少年非行*については、これまで主に原因論に関して考えてきたが、ここでは非行に関する統計データを見てみたい。少年犯罪が増えていると言われるが、果たしてそうなのか。


 資料1・2は、刑法犯少年の検挙人員と検挙率である。資料1と2でかなり数量が違うのは、資料1の『犯罪白書』のグラフでは14歳未満の触法少年が含まれているのに対し、資料2の警察庁『警察白書』のグラフでは、触法法少年を含んでいないからである*。だが、人口比で見るとほぼ同様の軌跡をたどっており、少年犯罪の検挙人員は、確かに戦後いくつかの山を成しながら増えてきた。

 これらのグラフの検挙人員を見ると、1950年頃と60年代半ば、80年代に3つの大きな山があるが、とくに80年代の山が大きい。80年代の検挙人員が非常に多いのは、第2次ベビーブーム*の影響があるだろう。だが80年代は少年人口比も高いことからすると、検挙人員の増加には他の要因があるものと思われる。14歳から20歳未満の少年人口1000人当たりの人口比は、80(昭和55)年〜88(昭和63)年に15を超える。ピークは8183年で18以上である。また、90年代末から2000年代前半も少年人口比はかなり高く、97(平成9)〜05(平成17)年は15を超える。03年の17.5がこの時期のピークである。
 なぜこれらの時期に少年犯罪が増えたのか。どんな犯罪が増えたのか。以下では罪名別のデータから、少年犯罪の検挙人員増加の要因を考えてみたい。

*最近、「少年非行」ということばはあまり使われなくなり、代わって「少年犯罪」が多く使われるようになった。大人の犯罪との同様の「犯罪性」が強調されるようになったからではないかと思う。
 なお警察庁は、罪を犯した1420歳未満の「犯罪少年」、14歳未満の「触法少年」、犯罪に至るおそれのある「虞犯少年」の総称として「非行少年」を用いている。

*資料1の法務省のデータでは、少年人口比は10歳以上20歳未満の人口10万人当たりの数値を言うが、資料2の警察庁『警察白書』の人口比は、同年齢層(14歳から20歳未満)の人口1000人当たりの数値である。ここでは主に警察庁の「平成19年中における少年の補導及び保護の概況」の巻末に収録されている統計資料を用いた。そのため、基本的に触法少年は含まれない。
http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen39/syonen19.pdf

*第2次ベビーブームは71年〜74年で、73年がピーク。この世代が1420歳となるのは、85(昭和60)年から94(平成6)年。少年非行のピークの時期とはややずれる。


【資料1】
Pasted Graphic
 2007(平成19)年版『犯罪白書』http://hakusyo1.moj.go.jp/


【資料2】刑法犯少年の検挙人員、人口比の推移
Pasted Graphic 1
 2007(平成19)年版『警察白書』http://www.npa.go.jp/hakusyo/h19/honbun/index.html
 触法少年を含まない。人口比は1419歳の少年人口1000人当たりの数値。


少年刑法犯の6〜7割は窃盗

 警察庁は刑法犯を「凶悪犯」「粗暴犯」「窃盗犯」といった罪種に分類している*。資料3はこれらの罪種別の検挙人員、資料4はその人口比(
1419歳の少年1000人当たり)、資料5は全少年刑法犯に占める罪種ごとの割合(構成比)である。

資料3・4を見ると明らかなように、少年犯罪の増減は、どの年代も窃盗の数値に大きく左右される。だが、とくに80年代の増加が大きい。窃盗の構成比は、60年代の約6割から増加し、70年代末から80年代は70数%と、検挙者の大部分を占める。
 一方、粗暴犯は50年代後半から60年代が最も多く、検挙者は4万人以上、人口比3.53.7、構成比でも3割ほどを占めていた。60年代前半の検挙者数の増加は、窃盗とともに粗暴犯の増加によるものだったのである。だが、粗暴犯は60年代後半以降減少し、近年は1万人前後、人口比は1.22.2、構成比は1割弱である。

 凶悪犯についてはページを改めて詳しく見ることにするが、やはり50年代末から60年代前半が最も多い。この当時年間6000人以上検挙された。人口比が最も高いのは60年で0.69、構成比では58年が最も高く6.98%。凶悪犯もまた60年代後半から減り、近年の検挙者数は1000人ほど、人口比は0.10.2。構成比は68年までは4%以上を占めていたが、78年から近年に至るまで0.61.6%である。70年代以降、少年の凶悪犯は非常に少なくなった。

 つまり、60年代前半の少年犯罪の増加は主に窃盗と粗暴犯の増加によるものであり、凶悪犯も多かった。その後60年代後半から粗暴犯・凶悪犯が減り、窃盗犯の占める割合が高くなる。80年代に大きな山があるのは、粗暴犯や凶悪犯がやや増えたためでもあるが、それ以上に窃盗の検挙者数が大幅に増えたためである。

 だが、2000年頃の増加の主な要因は、80年代のような窃盗の急増ではない。窃盗の構成比は90年まで7割を超えていたが、90年代に入ると減少し、2000年以降は6割を切っている。代わって増えているのは「占有離脱物等横領」である(資料5)。占有離脱物等横領は66年から統計が取られるようになるが、92年以降2割、03年からは25%以上と、刑法犯の4分の1を占めるに至っている。「知能犯」に分類される、この占有離脱物等横領とは、少年の場合多くは放置自転車の乗り逃げとされる(鮎川2002)。
 すなわち、2000年頃の少年犯罪率の上昇は、凶悪犯や粗暴犯の増加でも、窃盗犯の増加でもなく、主として占有離脱物等横領増加によるものだったのである。このことは、凶悪で悪質な少年犯罪が増えているという一般的なイメージとはかなり異なるのではないだろうか。

  凶悪犯・・・殺人、強盗、放火、強姦
  粗暴犯・・・凶器準備集合、暴行、傷害、脅迫、恐喝
  窃盗犯・・・窃盗
  知能犯・・・詐欺、横領、偽造、汚職など
  風俗犯・・・賭博、猥褻(わいせつ)


【資料3】
少年刑法犯の検挙人員と罪種ごとの検挙人員(人)
Pasted Graphic 2
 警察庁「平成19年中における少年の補導及び保護の概況」より作成。49年から07年まで。以下、出典を明記していないものは、同資料により作成。


【資料4】少年刑法犯の検挙人員と罪種ごとの少年人口比
Pasted Graphic 3


【資料5】
少年刑法犯検挙人数の罪種別構成割合(%)
Pasted Graphic 4


近年の窃盗は万引きと自転車盗が多い

 このように
70年代、80年代は、粗暴犯や凶悪犯が減って窃盗犯が大幅に増加した時代である。では、窃盗犯というのはどのようなものなのか。資料6は、窃盗犯の検挙者に占める万引き、オートバイ盗、自転車盗の割合である。
 70年代以降、これらの合計が大幅に増えている。70年代末に7割を超え、90年代には8割を超えるようになった。90年代はじめまではオートバイ盗がかなり多かったが、近年はオートバイ盗が減り、万引きと自転車盗の割合が高くなっている。窃盗のおよそ半分が万引き、2割が自転車盗である。2000年前後の窃盗の増加は、万引きと自転車盗の増加によるものだったのである。


【資料6】窃盗犯検挙者に占める万引きなどの割合(%)
Pasted Graphic 5


60年代の窃盗は今よりも「悪質」なものが多かった

 それに対し、
60年代はその他の窃盗の割合が6割を占める。資料7・8からすると、60年代は空き巣、自動車盗、忍込みの割合が今日よりも高かったものと思われる。75年版『警察白書』は、このグラフについて、「一般に動機において単純で遊び的色彩の強い万引、自転車盗、オートバイ盗等の占める比率が年々増加しており、空き巣ねらいや忍込みのような悪質な手口の比率は減少している」と書いている〔411)〕。資料9では、「悪質」とされる空き巣などの侵入犯*が80年代半ばからさらに減っている(触法少年を含む)。
 このように見てくると、70年代以降に増加した窃盗犯は、「動機において単純で遊び的色彩の強い」万引きや自転車盗だったことがわかる。逆に言えば、空き巣、車上ねらい、出店荒らし、忍び込み等の「凶悪な事件に移行しやすい侵入盗」〔82年版『警察白書』第211)〕は減少し続けている。80年代に窃盗犯の検挙人数が増えたとはいえ、犯行の手口は「軽量化」したのである*。

*侵入盗・・・空き巣、忍び込み、学校荒らし、出店荒らし、倉庫荒らし
 乗り物盗・・・自動車盗、オートバイ盗、自転車盗
 非侵入盗・・・ひったくり、車上ねらい、部品ねらい、万引き

*なお、乗り物盗の中では自動車盗が減少してきた。82年版『警察白書』によると、80年の自動車盗の検挙人員は5728人、構成比3.3%だったが、98年は2091人、2.1%、07年は655人、1.1%である。乗り物盗は、まず自動車盗が減り、次いでオートバイ盗が減少した。乗り物盗も「軽量化」しているのである。

【資料7】窃盗少年の手口別構成比の推移
Pasted Graphic 6
 1975(昭和50)年版『警察白書』http://www.npa.go.jp/hakusyo/s50/s50index04.html


【資料8】窃盗検挙少年の手口別構成比(%)
Pasted Graphic 7
 1979(昭和54)年版『犯罪白書』http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/20/nfm/n_20_2_3_1_2_2.html


【資料9】
Pasted Graphic 8
 2005(平成17)年版『犯罪白書』


初発型非行が7割

 このように悪質な少年犯罪が減り、軽微な犯罪が増加する中で、警察庁は
66年から先に見た万引と自転車盗、オートバイ盗、占有離脱物等横領の4つを「初発型非行」として集計している。資料10は初発型非行と窃盗の検挙人員、資料11は刑法犯検挙人員に占める初発型犯罪の構成比である。
 66年には23%ほどしかなかった初発型非行は70年代以降急増し、74年に5割、79年に6割、88年に7割を超える。以後、ほぼ毎年7割以上を初発型非行が占める。また、90年代には窃盗犯の検挙人員よりも、初発型非行の方が多数になる。占有離脱物等横領が増えたためである。

 占有離脱物等横領というのは、要するに人がなくした占有物(所有物)を勝手に自分の物にすることであり(遺失物等横領とほぼ同じ)、少年犯罪の場合、その大部分が放置自転車の乗り逃げ事犯とされる。79年版『犯罪白書』によると、占有離脱物等横領は66年には横領の57.6%だったが、7192.6%、7699.2%と、横領のほとんどを占めるようになった。現在も横領の98%が遺失物等横領である。横領もまた「軽量化」したのである。*

 警察庁はこれらの初発型非行について、「犯行手段が容易で、動機が単純であることを特徴とするもので、本格的な非行へ深化していく危険性が高い非行」と捉えている(「少年非行の概要 平成201月〜12月」)。だが、これまで見てきたように、初発型非行の増大とともに、手口の悪質な窃盗や粗暴犯、凶悪犯などの検挙者数が増えてきたわけではない。そうである以上、初発型非行の増大は、「本格的な非行へ深化」しているとは思えないのだが。以下では、この点について考えてみよう。

*占有離脱物等横領が増えた背景には、安い自転車の輸入による自転車の保有台数の増加があるだろう。自転車産業振興協会によると、国内の自転車の保有台数は702764万台、076958万台。

【資料10初発型非行と窃盗の検挙人員(人)
Pasted Graphic 9

【資料11刑法犯検挙人員に占める初発型非行の構成比(%)
Pasted Graphic 10

初発型非行の増加は本格的非行に「深化」するか

 資料
12は、刑法犯検挙人員の年齢層別の人口比率である(各年齢層の人口1000人当たり)。これを見ると、年少少年(1415歳)の値がほぼ一貫して高く、特に80年代(昭和55年頃)が高い。資料1・2と資料10で見た80年代の増加は、主に年少少年の初発型非行の増加によるものだったのである。近年は中間少年(1617歳)も比較的高いが、年長少年(1819歳)は低く、ほぼ横ばいである。

 このことから年少・年中少年の犯罪が問題だということも可能だろうが、別の見方もできる。つまり、年少・年中少年で検挙人員が多くても、年長になれば減少するということである。これは年齢層の違いがあまりなかった60年代とは大きく異なる。初発型非行の検挙数の増加が、年少・年中少年の増加をもたらしたのだろう。

【資料12
Pasted Graphic 11
 2007(平成19)年版『犯罪白書』http://hakusyo1.moj.go.jp/

 このことは資料13の生年別の人口比をみるとさらに明確になる。これは74年、77年、80年、83年、86年生まれの刑法犯少年の年齢別人口比である。どの生年でも15歳前後に山があるが、17歳になると急減し、19歳では少なくなる。

【資料13
Pasted Graphic 12
 2006(平成18)年版『犯罪白書』http://hakusyo1.moj.go.jp/

 資料14は年齢別、資料15は学職別の罪種の構成比である。年齢が上昇し、学校階梯が上がるとともに窃盗犯の割合が減少し、占有離脱物等横領が増える。19歳の約4割、大学生の6割は占有離脱物等横領である。年齢の上昇ととともに検挙人員の人口比が下がるだけでなく、罪種もより軽微なものに代わっていくのである。
 このように見てくると、初発型非行を犯したことが、そのまま犯罪の「深化」につながるとはとても思えない。もちろん中にはそうした少年もいるだろうが、万引きや自転車の乗り逃げで検挙された少年の多くは、犯罪を「深化」させることはないのである。


【資料14
Pasted Graphic 13
 警察庁「平成19年中における少年の補導及び保護の概況」

【資料15
Pasted Graphic 14
 警察庁「平成19年中における少年の補導及び保護の概況」


軽微な少年犯罪の検挙数が増えた

 以上、少年犯罪に関するデータを見てきた。資料
12によると、少年犯罪の検挙数は戦後いくつかのピークを形成しながら増加してきた。
 しかし、凶悪犯や粗暴犯は50年代から60年代が最も多かった。窃盗の中でも、かつては空き巣などの侵入犯や自動車盗といった本格的な窃盗が多かったが、こうした悪質な犯罪は、犯罪検挙数の増加とは裏腹に、70年代以降大幅に減少した。

 一方、70年代から増加したのは、主に万引きや自転車盗、占有離脱物等横領である。これらの初発型非行は66年には少年検挙人員の23%を占めるにすぎなかったが、74年に5割、79年に6割、88年からは7割を超える。
 90年代末から少年犯罪の凶悪化が大きな社会問題になったが、この時期増えたのは初発型非行の中でも最も軽微な占有離脱物等横領だった。少年犯罪の増加とは、すなわち軽微な犯罪の検挙数の増加であり、少年犯罪の「軽量化」だったのである。

 こうした軽微な少年犯罪の検挙数が増えた要因には、大村、鮎川、徳岡らがつとに指摘しているように、自転車の乗り逃げなどを「本格的な非行へ深化していく危険性が高い非行」と見なして、取り締まりを強めた警察の対応の変化がある。また、万引きを「大目」に見ずに警察に通報するようになった社会の変化も背景にあるだろう。少年犯罪の検挙数の増加は、軽微な少年の犯罪を見逃さなくなった社会の反映である。


【引用参考文献】ーーーーーーーーーー

大村英昭『非行のリアリティ』世界思想社 2002
鮎川 潤『新版少年非行の社会学』世界思想社 2002
徳岡秀雄『社会病理を考える』世界思想社 1997