【貧困2】 
子どもの貧困率は約15  2009.3.1





貧困の基準

 何を貧困というか、貧困の基準をどこに定めるか。それ自体がとても難しい。室住眞麻子(
2006)や岩田正美(2007)の研究を見ると、何を貧困とするかをめぐって、欧米では膨大な研究や政策の蓄積があることがわかる。
 室住によると、ヨーロッパは貧困の基準を拡大しつつ、その撲滅をめざしているのに対し、アメリカは69年に設定した「栄養的に十分と考えられる食費に必要な費用の3倍」という貧困ラインを変更しないままでいる(室住165頁)。アメリカは先進国で最も貧困率の高い国である。
 だが、日本は貧困に関する公的な基準さえない。何を貧困と考えるか自体、国の政策・政治の方向性を表している。貧困の公的な基準や調査すらない日本は、貧困を解決しようとする志があまりに低い。というか、ないのかもしれない。

 ともあれ、ここではOECDが採用している「相対的貧困」の基準、つまり可処分所得の中央値の半分未満を貧困とするデータを紹介したい。「可処分所得」というのは、家計収入(児童手当や年金などを含む)から、税金と社会保険料を差し引いた残りの所得、いわゆる「手取り収入」である。
 もちろんこの基準からすると、日本の貧困ラインの生活水準と他の国の生活水準は異なる。そのため、日本は貧困とはいっても、途上国はもちろん、他の先進国よりも生活水準は高いといった議論もある。確かにその点はそうだと思う。
 だがどうだろう。阿部彩の推計によると、2006年の貧困ラインは、母と5歳の子の2人世帯では年間180万円、親2人と小学生の子ども2人の4人世帯では254万円。どちらも生活保護基準の範囲内だという(阿部200849頁)。
 やはりこの収入では、食べることはできたとしても、今の日本で「普通」に生活するのは困難である。子どもを高校に行かせるのもなかなか難しい。「相対的貧困」というのは、つまり、そういうことを意味している。


子どもの貧困率 14−15

 では日本の子どもの貧困率はどれくらいなのか。阿部彩が「国民生活基礎調査」を元に行った推計によると、
20歳未満の子どもの貧困率は次の通り。95年までは13%程度だったが、90年代末から増加し、約15%になっている(阿部52頁)。

   8912.9%  9213.1%  9512.7%  9814.2%  0115.2%  0414.7
 
 OECDの調査によると、日本の子ども(17歳以下)の貧困率は200014.3%で、OECD平均12.1%よりも高い。日本は90年代半ばより2.3%増加しており、これもOECDの平均増加率0.7%より高い。
 つまり、日本の子どもの貧困率は14−15%ということになる。この数値は北欧の2−3%、フランスの7.3%に比べ相当高い。もっとも、メキシコ24.8%、アメリカ21.7%に比べればはるかに低い。だが日本は貧困のない国ではない。子どもの貧困率がかなり高い国なのである。

税や社会保障が貧困を増やしている!?
 子どもの貧困に関するデータで驚いたのは、貧困率の高さだけではない。衝撃的なのは次のグラフである。


【資料1】子どものある世帯の貧困率(17歳以下)
Pasted Graphic
 阿部彩「日本の貧困の状況」2007 http://www.tkfd.or.jp/admin/files/1119 Ms.Abe.pdf


 資料1は税や社会保障による再配分以前と再配分後を比較した貧困率である(2000年のデータ)。これによると、再配分以前の日本の貧困率はかなり低い方である。親ががんばって働いているからだろう(自助努力!)。
 だが、奇妙なことに、再配分後にかえって貧困率が上昇する。その結果、再配分後の貧困率では、日本は高い方になってしまう。税や社会保障が再配分機能を全く果たしていないどころか、貧困を増加させているのである。そんな国は他にない。

 これを見ると、北欧やフランスの貧困率の低さは、再配分政策によるものであることがわかる。貧困率の高いアメリカでさえも貧困率を下げている。イギリスはアメリカ以上に貧困率が高いが、再配分後の貧困率は大幅に下がっている。99年にブレア前首相は、子どもの貧困率を2010年までに半減させ、20年には根絶すると宣言したという(浅井他2008288頁)。
 こうして見てみると、日本の政策はどこか根本的に間違っているとしか思えない。いったい何のための税制であり、社会保障なのか。日本の首相も、ブレアのように高らかに宣言してもいいはずなのだが。


社会保障費と税制

 なぜ再配分後に貧困率が上がってしまうのか。それは社会保障の給付額よりも、支払額や税の負担の方が大きいからである。

 そうなってしまう理由の一つとして、日本の税制と社会保障の問題がある。OECDの調査によれば、日本の税制は他の国に比べて低所得層の負担が比較的重く、高所得者層の税負担が軽い(阿部2007)。日本の低所得者層は、所得に不相応な負担を強いられており、高所得者層は所得のシェアに比べると負担率が少ないという(阿部2008100頁)。
 また、年金や医療などの社会保障費は、税制以上に所得による累進制が弱いため、低所得者層の負担を増大させる。とくに子育て世帯では、保険料負担が給付金額よりも大きく、社会保障が子どもの貧困率を上げる方向に作用しているという(阿部2005134−135頁)。

 第2に、所得控除の問題がある。都村敦子によれば、子育て世帯に対する経済的支援としては扶養控除と児童手当があるが、「扶養控除は高所得層ほど減税効果が大きく、低所得者は対象にならないなど、公平の視点から問題がある」。そのため、ヨーロッパの多くの国では扶養控除を廃止して児童手当に統合し、再配分機能を高める制度改革が行われてきたとされる(都村2002)。
 もっとも阿部は、日本では児童手当以上に扶養控除が貧困の削減に効果を上げていると分析している。それは、「児童手当の給付額が少額なため、逆進的な構造の扶養控除と比べても、その貧困削減効果が劣ってしまう」からである(阿部2005138頁)。
 ちなみに国税庁のHPによると、085月現在、被扶養者1人当たり所得税では38万円、16歳以上23歳未満の「特定扶養親族」については63万円が控除される(住民税でも控除がある)。


児童手当の抑制

 ということで第3に、扶養控除以上に問題なのが児童手当である。児童手当は
1972年に他の国に遅れて導入されたが、その後70年代半ばから2000年に至るまで、支給総額は全くといっていいほど増えていない(資料2)。北明美はこうした給付総額の伸び悩みは、単なる少子化の結果ではなく、「給付総額を一定に抑えようとする意図的な政策の結果である」と指摘している(北200220頁)。

 支給額も75年から91年まで子ども1人月5000円に据え置かれた。市町村民税非課税の場合には、7000円が支給されていたが、86年にはこの低所得者特例も廃止になった。
 しかも、1.57ショック後の90年代には、「重点化」と称して、第1子からの支給とひき替えに、対象児童が乳幼児に限定された。かつては第3子以降とはいえ、中学校修了まで支給されていたのが、93年から99年までは3歳未満に短縮!! 92年から第3子以降については1万円に上がったものの、これが少子化対策とは
 70年代半ばから2000年まで、政治や政策は子育て家庭に対する経済的支援にいついて、いかに抑制するかは考えても、いかに拡充するかには関心を持っていなかったとしか思えない。 都村によると、1人当たりのGDPに対する受給者1人当たりの児童手当額は、72年の0.58%から980.13%に下がったという(都村33頁)。

 支給総額が増加に転じたのは、2000年以降である。07年以降は、3歳未満1万円、3歳以上小学校修了前まで、第1子・25000円、第31万円が支給されている。所得制限も緩和され(4人家族のサラリーマン世帯は860万円未満、他は780万円未満)、12歳未満の子を持つ世帯の90%にまで対象が拡大した。
 内閣府で少子化対策を担当していた増田雅暢の本を読むと、いかに内閣府が苦心して児童手当を引き上げたかがわかる(増田2008)。不思議と厚生労働省は児童手当の引き上げにあまり熱心ではないらしいが。
 阿部は96年のデータを元に、子ども1人当たり月5000円の児童手当では、社会保険料負担の重さを相殺できないと分析したが(阿部2005135頁)、1万円ならどうなのだろう。2000年以降の児童手当の増額によって、再配分後に貧困率が上がるといった異常な事態は解消されたのだろうか。OECDのデータは、今のところ2000年のデータしかないのでわからない。
 もっとも、第3子以降の子はそれほどいないので、受給者の多くは75年以来の5000円のままである。それほど効果は期待できない。今日の児童手当が「広く薄く」といわれる所以である。
 ともあれ、70年代半ばから続いた抑制政策の結果、日本の児童手当制度は、支給金額、支給対象児童の年齢、所得制限といった点で、ヨーロッパ諸国と比べ、非常に貧弱なものとなっている(資料3)。


【資料2】児童手当の給付総額と支給児童数
Pasted Graphic 1
 児童手当研究会『児童手当法の解説4改』中央法規(2007)より作成


【資料3】児童手当制度の国際比較
Pasted Graphic 2
内閣府 2007年版『少子化社会白書』
http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2007/19webhonpen/html/i1423600.html


母子家庭への支援削減
 
 4つ目は、母子世帯に対する援助が拡充されるどころか、削減されていることである。日本の母子家庭の貧困率は高い。阿部の推計では、祖父母と同居しない母子家庭(独立母子家庭)の
66%、OECDの調査では一人親世帯の57.3%が貧困である。日本の母子家庭はトルコ(57.7%)に次いで2番目に貧困率が高い。
 にもかかわらず、母子家庭に対する児童扶養手当が削減され、生活保護世帯の母子加算も廃止された。貧困に対する政策の鈍感さ、無関心さが、母子世帯に対する政策に端的に表れている。この点についてはページを改めて書きたいと思う。

子どもや子育て家庭に対する予算の少なさ
 このように貧困や格差、再配分に対して全く考慮しない70年代以来の政策が、子どもの貧困の増大を招いている。子どもの養育に対する経済的支援は、他国に比べてあまりに少ない。このことは、国の財政に端的に表れている(資料4・5)。


【資料4各国の家族関係社会支出の対GDP比の比較(2003年)
 家族関係の給付の国民経済全体に対する割合
Pasted Graphic 3
 内閣府 2008年版『少子化社会白書』
 http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2008/20webhonpen/html/i1222000.html


【資料5】各国の家族政策に関する財政支出の規模(対GDP比)
Pasted Graphic 4
 2006年版『少子化社会白書』
 http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2006/18webhonpen/index.html

 資料6・7は、社会保障給付費の割合である。高齢者関係の給付費が年々増加してきたのに対し、児童・家庭関係がいかに低く押さえられてきたかがわかる。高齢人口が増加し、子ども人口が減少しているのでやむを得ないとはいえ、 1975年には社会保障給付費の5.5%程度を占めていた児童・家族関係は、その後年々比率を下げてきた(少子化と男女共同参画に関する社会環境の国内分析報告書)。2000年以降、増加に転じたが、05年度でもわずか4.1%である。
 
 高齢者と子どもの間で少ない予算の取り合いをしていても仕方がないのだろうけれど、それにしてもあまりに子どもの育成に対する予算は少ない。
 こうした社会保障費だけではない。日本は学校に支給される公的な教育費もまた、他国に比べて非常に少ない。この点についても、ページを改めて見てみよう。


【資料6】社会保障給付費の中での児童・家族関係の給付費の割合
Pasted Graphic 5
 2008年版『少子化社会白書』


【資料7】社会保障給付費における高齢者関係給付費と児童・家族関係給付費の推移
Pasted Graphic 6
 2006年版『少子化社会白書』



【参考・引用資料】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

浅井春夫他『子どもの貧困』明石書店 2008
阿部彩「子どもの貧困」国立社会保障・人口問題研究所『子育て世帯の社会保障』東京大学出版会 2005
阿部彩「日本の貧困の状況」2007 http://www.tkfd.or.jp/admin/files/1119 Ms.Abe.pdf
阿部彩『子どもの貧困』岩波新書 2008
岩田正美『現代の貧困』ちくま親書 2007
北明美「日本の児童手当制度の展開と変質(上)」
     『大原社会問題研究所雑誌』524号 20027
児童手当研究会『児童手当法の解説4改』中央法規 2007
少子化と男女共同参画に関する社会環境の国内分析報告書
      http://www.gender.go.jp/danjo-kaigi/syosika/houkoku/kokunai-houkok.pdf
都村敦子「家族政策の国際比較」
国立社会保障・人口問題研究所『少子化社会の子育て支援』東京大学出版会 2002
増田雅暢 『これでいいのか少子化対策政策家庭からみる今後の課題』ミネルヴァ書房 2008
室住眞麻子『日本の貧困』法律文化社 2006
山野良一(2008)『子どもの最貧国・日本』光文社新書 2008
OECD『図表で見る世界の社会問題—OECD社会政策指標』明石書店 2006
Society at a Glance: OECD Social Indicators - 2006 Edition
  Equity indicators EQ3 Child poverty
  http://www.oecd.org/document/24/0,3343,en_2649_34637_2671576_1_1_1_1,00.html