■若者について考える

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【若者の自殺1】
 学生・生徒の自殺は「いじめ問題」か?  2008.11.14



2006年、学生・生徒の自殺「過去最悪」!?

 
200767日の『朝日新聞』は、警察庁が統計を取り始めた1978年以来、「学生・生徒の自殺過去最悪」と報じた。06年の学生・生徒の自殺件数は886人(前年度比25人増)で、自殺の理由は「『学校問題』が91人と前年から20人増えるなど、学校現場をめぐる問題の深刻化をうかがわせる結果になった」という。

 同紙には、「今の日本の子どもたちは、学校でのいじめ問題などで苦境に立った時に踏みとどまれない傾向がある」、「大人が子どもに干渉しすぎて、子どもが自分で問題解決をして自信が持てないことが要因にある」、「学習や生きることの意欲」を失っている、「子どもたが自分を見限り始めている深刻な状況だと思う」という識者のコメントが載せられている。

 他紙も一斉に同様の記事を掲載した。同日の『読売新聞』は、「自殺、学生・生徒は最悪」という見出しの下、「特に学校問題の増加は著しく、警察庁では、今年1月から動機に『いじめ』を新設して調査している」と書いている。
 また、『西日本新聞』(同日)は、886人という数値について、「昨年のいじめ自殺の続発を裏付ける数字となった」と指摘し、いじめの「実態が分かりにくくなっていて、深刻度は増してきている」という識者のことばを載せている。

 このように、学校問題はすなわち「いじめ問題」であり、その深刻化によって学生・生徒の自殺が急増しているかのような報道がなされた。06年は「いじめ自殺ゼロ」という文部科学省の調査結果が大きな社会問題になった年だが、そのことがこうした報道の背景にあるのだろう。


「学校問題」の深刻化!?

 これらの新聞報道のもとになっている警察庁生活安全局地域課「平成18年度中における自殺の概要資料」(20076月)を見てみよう。
 
http://www.npa.go.jp/toukei/chiiki8/20070607.pdf

 この年の自殺者は年間32155人であり、学生・生徒はそのうちの2.8%、10代は1.9%(623人)。他方60歳以上は34.6%、5022.5%。自殺の多くは若者ではなく中高年である。そうである以上、筆者には中高年の自殺の方がより深刻な社会問題のように思えるのだが。

 ともあれ、886人の学生・生徒のうち、小学生は14人、中学生81人、高校生220人、大学生404人、各種学校生140人であり、実は半分近くを大学生が占めている(資料1)。


【資料1】学生・生徒の内訳(人)
2006年〕  
  小学生 14   中学生 81   高校生 220  予備校生 16   高専 11   大学生 404   
  各種学校等 140    合計 886
2007年〕  
  小学生 8    中学生 51   高校生 215  予備校生   高専生   大学生 461  
  専修学校等 138    合計 872

 *2007年は予備校生、高専生の項目はない。各種学校生等は専修学校生等に変更
  警察庁「平成19年度における自殺の概況」20086http://www.npa.go.jp/toukei/chiiki10/h19_zisatsu.pdf

 学生・生徒886人のうち、遺書のあるものは305人。その理由としては、確かに学校問題が健康問題と並んで最も多いが、学校問題を理由とする自殺者は3割弱である。未成年では、4分の1に減る(資料2)。しかも、学校問題はいじめには限らない。新聞も成績など他の原因も含まれていると書いている。


【資料2】学生・生徒と未成年の原因・動機別自殺者数(遺書あり・2006年・人)
学生生徒〕
  家庭問題 24  健康問題 89   経済生活 21   勤務問題 3   男女問題 20   学校問題 89   
  その他 16   合計 305

未成年〕
  家庭問題 23  健康問題 46   経済生活 5   勤務問題 3   男女問題 16  学校問題 44  
  その他 30   合計 177

 もちろん、遺書を残してない場合も多いので、こうした数字がそのまま実態を反映しているとは限らない。だが、この数値から学校問題、すなわち「いじめ自殺深刻」といった報道がなされているのである。
 886人のうち、大学生が半数近くを占め(小学生〜高校生は35%)、学校問題を理由とした自殺は学生・生徒の3割、未成年の場合は4分の1であり、かつ、学校問題には様々な理由が含まれているということからすると、前述のような報道は先入観に基づいたあまりに一面的で恣意的なものとしか思えない。


2007年度は減少

 こうした報道の危うさは、今年発表された
2007年の年間自殺者に関する報道をみるとさらにはっきりする。2007年度の自殺者数は33093人(前年度比2.9%増加)。10年続けて3万人を超えたということで、新聞・テレビなどでかなり大きく報道された。しかし、学生・生徒の自殺はほとんど取り上げられなかった。

 『読売新聞』(2008619日)は、「20歳代は2.5%減の3309人、19歳以下は12%減の548人で、小学生は8人、中学生は51人、高校生は215人だった」と書いている。
 先の警察庁の統計によれば、大学生の自殺が増えたため学生・生徒の自殺者の総数は若干の減少にとどまるが、小中学生の自殺は大幅に減っている(資料1)。
 そのせいか、同紙が若者の自殺について取り上げているのはこの数値だけで、他には何も書かれていない。「過去最悪」の場合は注目されても、数値が減ると取り上げられないのである。

 だが、昨年の報道からすれば、学校問題が深刻で、いじめが深刻度を増していたはずではなかったのか。にもかかわらず児童生徒の自殺が減ったのは、学校問題が関係者の努力によって急速に改善されたのか、あるいは児童・生徒がいじめをしなくなり、生きる意欲を回復したのか!?

 07年度から新たに「いじめ」が自殺原因の分類項目に加えられたが、いじめが原因と見なされた人は、中学生1人、高校生6人、大学生1人、専修学校生など1人の計9人。
 それ以外の学校問題としては、入試19人(中学2人、高校9人、大学3人、専修5人)、進路90人(同4人、18人、53人、15人)、学業不振94人(5人、21人、55人、13人)、教師との関係7人(2人、3人、2人、0人)、学友との不和33人(6人、12人、11人、4人)となっている。

 いじめによる自殺者9人という数字をどう捉えるかについては様々な議論がありうるだろうが、この調査結果からすれば、「いじめ自殺」というイメージで、今日の学生・生徒の自殺全般を捉えることはできないだろう。上記の調査結果を見る限り、学校問題は友達や教師との人間関係上の問題というよりは、入試や進路・学業不振などの方が主要な問題である。
 なお、07年調査から集計方法が大きく変わり、1人につき3つまで理由が計上されるようになったため、前年度との比較は出来ない。


学生・生徒の自殺は増えているか?

 このように見てくると、
78年以降「最悪」というという新聞報道は、ウソではないにしてもかなり軽率な印象を受ける。警察庁の統計を見ると、未成年者の自殺は年によって大幅に変化する。たとえば86年は802人だが、翌87年は577人、97469人に対して翌98年は720人。

 そうである以上、ある年の「瞬間最大風速」的な数値から、「いまの子どもは」とか、「今の学校は」といった評価をすることは慎重であるべきだ。若者の自殺については、より長期的な分析が必要だろう。

 だがなぜ新聞(他のマスコミも)は、学生・生徒の自殺をことさら大きく取り上げるのか。そこには学生・生徒や学校のあり方に対する特別な見方があるように思う。それは今日の若者の精神的成熟や学校の規律を問題視するまなざしである。
 いじめが蔓延する学校、自殺に至らしめるまでいじめてしまう残忍で未熟な生徒、安易に自殺を選んでしまうひ弱な生徒、そうした生徒を指導できない教師。「学生・生徒の自殺過去最悪」という報道は、今日の学校と学生・生徒の「病的」なイメージを人々に鮮明に刻印するものだった。

 はたして、若者の自殺は長期的に見て増加しているといえるのか。ページを改めて考えてみたい。