【児童虐待7
 児童虐待は増加しているか
N0.2  2012.2.12





リスクアセスメントの前に

 児童虐待が社会問題として広く社会の関心を集めるようになったのは1990年代。以来ずっと虐待の「増大」と「深刻化」が言われてきた。それは、都市化・核家族化によって家庭の「養育機能の低下」や「孤立化」が進行しており、それゆえ、どんな家庭でも虐待が起こりうると考えられているからである。
 したがって、虐待防止対策はすべての子育て家庭が対象となる。2007年から、従来の乳幼児健診に加え、生後4ヶ月までの乳児を持つ家庭に対する全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)が開始され、乳幼児を持つすべての家庭に対して、虐待のリスクがあるかどうか調べられることになった。

 すべての家庭を調べることによって、リスクのある家庭を見つけ出し、虐待を受ける子どもを一人でも減らしたい。リスクアセスメントがそういうことだというのはよく分かる。だけれども、私にはどうしても違和感が拭えない。
 確かに、虐待は「貧困家庭」や「崩壊家庭」でしか起きないなどということでは決してない。だが同時に、すべての家庭で起こるなどということもありえない。にもかかわらず、あらゆる家庭で虐待が起こりうるかのように言われ、すべての親を潜在的な虐待者として見るような政策が進められている。

 こうした政策が妥当かどうかを見極めるためにも、虐待は「増加」し、「深刻化」しているのかどうかを冷静に分析し直した方がいいと思う。
 以下のデータは、前に紹介したデータ(「児童虐待3」のページ)を作り直したり、新たに集めたものである。これらを見る限り、私にはとても虐待が増加、深刻化しているとは思えない。深刻な虐待は「核家族化」「都市化」したとされる高度経済成長期を経て減少し、かつ、虐待が社会問題化した90年代以降も、さらに減少し続けているものと思われる。
 いや、そんなことはないと言う人は、これらのデータをどう説明するのだろうか。


児童相談所における相談・対応件数は大幅に増大した

 児童相談所に寄せられる児童虐待の相談件数が、2010年度は56384件になった*。昨年度より12000件も増加。統計を取り始めた1990(平成2)年の51.2倍にのぼる。
 
児童相談所における児童虐待相談対応件数
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  2010(平成22)年の数値は、宮城県、福島県、仙台市を除く。


*資料1のグラフは速報値で55152件となっていますが、確定値は下記の厚生省データや新聞報道では55154件となっている(東日本大震災の影響により、宮城県、福島県を除いて集計した数値)。しかし、「政府統計の総合窓口」に載っている統計データでは56384件。なぜ数値が違うのか不明。本稿では「政府統計の総合窓口」に載っている数値(56384件)をもとに計算した。

厚生労働省「平成22年度福祉行政報告例の概況」
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/gyousei/10/index.html
政府統計の総合窓口
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001034573


近隣・知人からの相談が最も増えている

 資料2は、相談経路別の相談件数である(厚生労働省「福祉行政報告例」より作成)。だが、このグラフには児童相談所や福祉事務所、保健センターなどの福祉関係のデータは載っていない。福祉関係については、2005年から集計の分類が細かくなり、以前のデータと比較できないからである。

 資料2をみると、家族(虐待者本人を含む)、近隣・知人、学校、警察からの相談が大幅に増えたことが分かる。なかでも近隣・知人からの相談が急増し、2009年には家族と警察からの相談件数を抜いて、最多の7615件になった。2010年にはさらに増えて、12175件。
 増加率も大きく、1997年から2010年にかけて27.9倍。全相談件数の10.5倍と比べると、近隣・知人からの相談がいかに急増したかがわかる。虐待が社会問題化し始めた1989年の24件からすると2010年は507.3倍、1996年の118件と比べると、103.2倍にもなる(1998年版『厚生白書』)。
 全相談対応件数に占める割合も、19892.3%、19965.7%、19978.2%から、2010年は21.6%へと増えた。
 なお、この相談経路は必ずしも第一発見者を意味するものではない。たとえば、近隣・知人が発見して警察に連絡し、警察がそれを児童相談所に通報した場合、警察からの相談として集計さる。そのため、第一発見者が近隣・知人のケースは、資料2のデータよりもかなり多くなる(「児童虐待4」のページ)。

 もう一つ大幅に増えたのが警察からの相談である。2010年は9135件。1997年と比べると、29.4倍。警察からの相談は、2007年から再度急増している。
 だが、児童虐待が社会問題化しはじめた頃と比べると、警察からの相談は近隣・知人からの相談件数の増加に及ばない。1989年の警察からの相談は192件、構成比18.5%、1996年は219件、構成比10.6%。2010年は89年の47.6倍、96年の41.7倍。構成比は201016.2%と、89年よりむしろ減少している。

 つまり、児童虐待が社会問題化する中で、相談件数の大幅な増加をもたらした最も大きな要因は、近隣・知人からの相談の急増である。そして、近隣・知人からの相談の増加は、「児童虐待4」のページで見たように、虐待とは認められないケース、虐待をしているわけではないが、虐待の危惧があるという程度のケース、また、一時的な暴力と見なされる「軽度」の虐待に関する相談を大幅に増やしているものと思われる。


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  厚生労働省「福祉行政報告例」より作成

 
警察庁 虐待による検挙事件の被害児童数

 下記の資料12は、虐待によって検挙された事件において被害を受けた子どもの数である。身体的虐待による検挙件数が増大したため、被害を受けた子どもの数は増えているものの、死亡児童数は横ばい、ないし減少している。 

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  警察庁「少年非行等の概要」(平成221月〜12月)などから作成


厚生労働省「人口動態統計」 他殺による死亡

 資料3.4 厚労省の「人口動態統計」の死因に関するデータである。他殺による子どもの死亡は、実数でも死亡率でも減少している。こうした減少傾向は、0歳児でも(資料3)、それ以上の年齢層でもかわらない(資料4)。なお、「児童虐待3」のページには、戦後のデータを載せておいた。それを見ると、70年代末から他殺による子どもの死亡が大幅に減少していることがわかる。

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  厚生労働省「人口動態統計」より作成


警察庁 嬰児殺の件数

 資料5は警察庁が戦後一貫して集計している嬰児(0歳児)に対する殺人の認知件数である(これ以前のデータは「児童虐待3」参照)。嬰児殺は、1970年代前半までは年間200件前後あったが、その後、減少し続け、2010年は13件と、きわめて少ない。
 なお、資料35は虐待とは限らない。親以外の者による殺害も含まれるからである。だが、それを含めても、大幅に減少している。


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  警察庁「平成22年の犯罪」などより作成


ユニセフ child maltreatment deaths

 資料6はユニセフが作成したグラフである*。この数値は15歳未満の子どもの虐待による死亡率(10万人比)であり、1970年代前半(1971-75年)と90年代のそれぞれ5年間の平均値を表している。
 これによると、日本の70年代前半の死亡率は2.1と、23カ国中、メキシコ、アメリカに次いで3番目に多い。だが90年代には1.0に減少している。なお、この1.0という数値には、 deaths that have been classified as ‘of undetermined intent’ が含まれている。「国際疾病分類第10版」(ICD10)によれば、undetermined intentは「不慮か故意か決定されない」ケースを指す。そのため、ユニセフの数値は人口動態統計の「他殺」よりも高いと考えられる。undetermined intentを除くと0.6である。 

 ちなみに、90年代、虐待死が最も少なかったのはスペインで、次いでイタリア、ギリシャ、ノルウェー、アイルランドと続く。アメリカは2.4で、70年代と数値は変わらず、依然として2番目に虐待死が多い。
 アメリカは虐待対策の「先進国」と言われ、日本の虐待対策はアメリカの後を追いかけてきた。だけれども、ユニセフのデータは、アメリカの対策が功を奏していないことを表しているのではないか。この点についてページを改めて考えてみたい(児童虐待8)。

*このユニセフのデータについては、星野信也が紹介している。
「ユニセフ調査に見る児童虐待と児童の貧困」『週刊社会保障』58(2283) 2004.5.17
http://www008.upp.so-net.ne.jp/shshinya/ShukanShahoChildPoverty11.pdf
星野は、ユニセフ調査によると、「経済的な『児童の貧困』が児童虐待の重要な要因として他の要因に重なっていることには疑念の余地」がないと指摘しいている。


【資料6Figure 5 Rate of child maltreatment deaths in the 1970s and 1990s
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The dark bars show the annual number of deaths from maltreatment averaged over a five year period during the 1990s (as Figure 1b) and the pale bars show the rates over the five year period 1971-75 (the basis for the ranking). Rates are expressed per 100,000 children aged under 15 years. The totals include deaths that have been classified as ‘of undetermined intent’ as in Figure 1b.

unicef INNOCENTI REPORT CARD ISSUE No.5 SEPTEMBER 2003
A LEAGUE TABLE OF CHILD MALTREATMENT DEATHS IN RICH NATIONS
http://www.unicef-irc.org/publications/pdf/repcard5e.pdf


児童相談所が把握した棄児の数

 資料7は児童相談所が把握した棄児の推移である。棄児(捨て子)の数も、大幅に減少しているものと思われる。詳しくは、「児童虐待6」のページ参照。

【資料7戦後における児童相談所等の棄児取扱・処理件数
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  川﨑二三彦「センター図書室で棄児を追う」『子どもの虹情報研修センター紀要』62008年、140頁。
  http://www.crc-japan.net/contents/guidance/research.html