【児童虐待4】
 なぜこんなに相談件数が増えたのか? 2009.9.25




 私には、児童虐待が増えているようにはどうも思えない。そのことを、「児童虐待3」のページに書きました。ですが、ではなぜ児童虐待の相談件数がこれほど増えたのか、ずっと気になっていました。
 それで取りあえず、相談経路について調べてみました。そこから分かることは限られてはいるのですが、意外な発見がありました。私としては、2000年の児童虐待防止法制定によって、学校や病院などの関係者に虐待の早期発見と通告が義務づけられたことが大きな要因なのだろうと思っていました。確かに、こうした機関からの通告はかなり増えています。とくに学校からの通告が増えています。ですが、それ以上に増えているのが、近隣・知人からの相談でした。

 このことをどう考えたらいいのか。多くの人が虐待に関心を持つようになって、虐待を見て見ぬふりをしなくなったことはいいことだ。それによって救われる子どもが増えた
確かにそうなのですが、手放しで歓迎できないような一面もあります。ともあれ、データを見てみましょう。 


相談対応件数の増加

 2008(平成20)年に、全国の児童相談所が児童虐待の相談を受けて対応した件数は、42662件(速報値)。統計が取られるようになった1990(平成2)年の約42倍。なぜこれほど増えたのでしょうか。

【資料1児童相談所における児童虐待相談対応件数
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厚生労働省「児童相談所における児童虐待相談対応件数」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/07/h0714-1.html
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/07/dl/h0714-1a.pdf


「虐待」は都市で発見される

 このことを考える上で、内田良さんの次の本がとても参考になりました(『「児童虐待」へのまなざし社会現象はどう語られるのか』世界思想社2009年)。

 内田さんは、厚生労働省『社会福祉行政業務報告』に収録されている虐待相談対応件数を、都市と地方の格差という視点から分析しています。
 それによると、1990年代は、都市・地方に関係なく、虐待の「発見率」は多様でバラツキが大きかったが、1999年以降、都市部において発見率が高くなるということ。
 そうした都市の発見活動を早くから担ったのは、近隣・知人と医療機関であり、2000年の児童虐待防止法制定以降になると、児童委員、保健所、福祉事務所、学校等の公的機関が、一斉に虐待の発見活動を強めたということです。こうした分析から、内田さんは、次のように書いています。

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社会問題化しつつある「虐待」には、都市的なものの見方が大きく関与している。都市という現代的な生活環境が、実態のレベルで虐待の原因となるよりは、むしろ都市の公的機関や周囲の人々の「虐待」をみるまなざしのあり方が、攻撃・放置を「虐待」と名づけ、都市の文脈で「虐待」発生の原因を語るのである。攻撃・放置が都市で起こるのではなく、「虐待」が都市で起こるのである。(43頁)
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 都市というのは、虐待が起きやすいところではなくて、実は、虐待が発見されやすいところだったのですね。
 内田さんは、「虐待」の言説(あってはならないものとしての子どもへの暴力・攻撃・放置)を支える都市の重要なエージェントとして、近隣・知人という私的な人間関係があると指摘しています。そして、都市では、児童虐待の専門諸機関がそうしたコミュニティの私的な人間関係を組み込んで、高度な「虐待」問題処理システムを築きつつあるというのです(46-47頁)。


1989年と1996年の調査

 そこで、私も厚生労働省の『社会福祉行政業務報告』に載っているデータを調べてみました。といっても、ネットで調べられる範囲です。「政府統計の総合窓口」に、厚生労働省「社会福祉行政業務報告」が載っています(19972007年、エクセルのデータ)。

政府統計の総合窓口、厚生労働省「社会福祉行政業務報告」
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001030046

 毎年、厚生労働省が虐待の相談対応件数として発表するのはこの数値で、最近のデータについては、概要版が厚労省のHPに載っています。ただ、概要版は年によって内容がバラバラで、しかもごく簡単な数値のみ。

 ネットに載っている「社会福祉行政業務報告」のデータは1997年からです。内田さんによると、この「業務報告」に相談経路のデータが載るのは97年以降であり、それ以前にはさかのぼれないということ(2139頁)。ですが、次の資料2には、96年のデータが載っています。厚生省のどこかの資料にはあるのでしょう。

 資料2は、「少子社会を考える-子どもを産み育てることに『夢』を持てる社会を-」というサブタイトルの付いた1998(平成10)年版『厚生白書』に載っていました。
 これは、1989年に全国児童相談所長会が行った調査と1996年の厚生省の調査を比較したものです。このデータから、同白書は、「児童相談所への通告件数は、8年前の調査に比べ、医療機関、保健所や近隣知人からの通告が増えており、児童虐待に対する関心や通告に対する認識の高まりがうかがえる」と指摘しています。

 もう少し詳しく見てみると、こういうことです。89年の調査では、家族親族からの相談が22.6%(虐待者本人もここに含まれていると思われる)、福祉関係30.4%、警察18.5%で、これらを合わせると71.5%にもなります。
 つまり、89年の段階では、児童相談所に通告するのは、主に警察と福祉の専門機関と虐待を直接知りうる(あるいは当事者である)家族・親族でした。この時点では、虐待は家族・親族と限られた専門機関の問題だったのです。

 それが、96年調査になると、最も専門的な機関である福祉関係と警察の割合が減少する一方で(30.421.2%、18.510.6%)、医療・教育関係の割合が増加します(学校・医療・保健所の合計15.1%→24.8%)。
 それだけではありません。892.3%しかなかった近隣知人が、96年には5.7%に増えています。もっとも、この段階ではまだわずかな数値ですが。
 つまり、虐待を発見する専門機関が、福祉・警察から教育・医療へと広がっただけでなく、一般の人々からの通告が増えたのです。


【資料2児童相談所への通告者
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 1998(平成10)年版『厚生白書』第1編第125節2
 http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wp/index.htm


相談件数と増加率

 2000年前後から相談件数が急増しますが、相談経路の拡大傾向はその後ますます強まっていきます。「社会福祉行政業務報告」を見てみましょう。
 資料3で件数が最も多いのは、一貫して家族からの相談です。この家族の中には虐待をしている本人からの相談がかなり含まれています。04年から07年のデータでは、家族からの相談のうち、44-47%が本人によるものです。
 次いで多いのが、近隣・知人で、5756件。この件数は、家族からの相談5875件と大差がありません。その次が学校、警察です。

 ですが、増えた割合(増加率)でみると、また違った結果になります。97年と07年を比較すると、総数は7.6倍に増えていますが、経路別で最も増加率の高い近隣・知人は、13.2倍にもなります。次は警察で13倍、親戚8.4倍。総数の7.6倍よりも多いのは、この3つです。
 それに対し、家族は3.8倍と、増え方としては最も少ない方です。虐待を受けている子どもからの相談は、97103件、07501件。増えてはいますが、増加率ではやはり低い方です。
  増加率の高い順に並べると次のようになります。

 近隣・知人13.2倍 警察13.0倍 親戚8.4倍 学校等7.6倍 医療機関6.6
 児童福祉(保育所等)5.2倍 児童本人4.9倍 家族3.8倍  


【資料3相談件数の変化(1997-2007
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 厚生労働省「社会福祉行政業務報告」より作成。 資料5まで同様。

 実は資料3には都道府県や市町村の福祉・医療関係等の公的機関のデータが載っていません。2005年から自治体の福祉・医療機関等の分類がかなり細かくなり、前の分類に合わせて数値化することができませんでした。
 とりあえず、2004年までの公的機関のデータをまとめて載せておきます。当然のことではありますが、福祉事務所の件数が大幅に増えていることが分かります。

【資料4公的機関における相談件数(1997-2004
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経路別の構成比

 次に全相談件数に占める経路別の割合(構成比)を見てみましょう。資料5のグラフが100%になっていないのは、先ほど言ったように、福祉・医療機関等のデータが入っていないからです。逆に言えば、100%から棒グラフの数値を引いたものが、福祉・医療機関等の割合になります*。
 福祉・医療機関等の割合は2001-03年に増えるのですが、それ以後は横ばい、または微減。ですが、やはりこうした専門機関経路の相談は多く、全体の4割以上を占めています。

 それ以外のルートを見てみると、構成比が増えているのは、近隣・知人と警察だけです。近隣・知人は97年の8.2%から0714.2%に、警察は5.8%から10.0%に増えました。他は横ばいか減少です。
 実数で最も多い家族からの相談は、もちろん構成比でも最も多いのですが、07年の14.5%という数値は、近隣・知人の14.2%とほとんど差がありません。しかも、97年の29.1%から、07年には14.5%に減少しました。

 このように、1990年代末に児童虐待が社会問題となり、2000年に児童虐待防止法が制定されることによって相談件数が急増しますが、その急増は、福祉機関と警察という旧来の専門機関が虐待の発見に努めたからだけではありません。虐待を発見すべき公的機関が、教育・医療機関へと広がったことが大きな要因でした。

 そして、それ以上に大きな要因は、近隣・知人からの相談が急増したことです。89年の近隣・知人からの相談は、全国でわずか24件(2.3%)でした。それが、2004年は4837件となり、福祉事務所の4433件を上回ります。07年は5756件(14.2%)。実数でも構成比でも、最も増えたのが近隣・知人からの相談です。07年は89年の240倍、97年の13.2倍です。
 内田良さんによれば、都市部ほど、早くから近隣・知人による相談件数が増加したということです。このことは何を意味するのでしょうか。東京都の調査から、もう少し具体的に相談経路と相談内容について見てみましょう。

*この福祉・医療機関等には、次のような機関が含まれています。福祉事務所、保健センター、児童委員、保育所、児童福祉施設、児童家庭支援センター、家庭裁判所、保健所、医療機関、その他。


【資料5全相談件数に占める経路別の割合(構成比)  (%)
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東京都「児童虐待の実態」

 資料1の相談件数の増加をもとに、児童虐待が増えていると言われることがよくあり。しかし、児童相談所に寄せられた相談件数が、そのまま虐待件数を表しているわけではありません。

 1つは、相談ルートにのらない虐待が、かなりあるからです。つまり、「暗数」が多い。そのため、相談件数は氷山の一角で、その背後に膨大な虐待があるとも言われています。ですが、相談件数の増加とともに、暗数が増えているわけではありません。いえ、正確に言えば、暗数が増えているかどうかはわかりません。暗数なのですから。
 もっとも、私としては、相談件数が増大する前には、今よりももっと膨大な暗数があったのではないかと考えています。虐待として認定される基準や範囲が、今よりもはるかに狭かったのですから。
 ですが、虐待として認定される範囲や基準によって、暗数も変わってきます。虐待の範囲が広がれば広がるほど、暗数も大きくなります。その意味では、虐待の範囲が広がった今日は、最も暗数の多い時代ということにもなります。要するに、虐待の基準や概念が重要なのですが、この点についてはいずれ書きたいと思います。

 もう1つは、相談の中にも今日の基準からして虐待とは言えないものや、虐待かどうかわからないものがかなりあるからです。このことについては、あまり関心を寄せられてきませんでした。ですが、相談件数の増加は、実は虐待とは言えないような相談ケースを増やしてきたのではないかと思います。

 このことを考える上で参考になるのが、下記の東京都の「児童虐待の実態」です。これは、東京都内の児童相談所に寄せられた虐待に関する相談を分析したもので、2001年と05年に出されています。01年に出された報告書は2000年の相談、05年の報告書は03年の相談を分析したものです。以下では03年の相談を分析した「児童虐待の実態」を中心に見ていきたいと思います。

東京都福祉局「児童虐待の実態東京の児童相談所の事例に見る」200110
 http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/syoushi/hakusho/0/index.htm
東京都福祉保健局「児童虐待の実態-輝かせよう子どもの未来、育てよう地域のネットワーク-」200512月 
 http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/gyakutai/files/hakusho2.pdf


全相談件数の3分の1は虐待に該当しない

 2003年に東京都内の児童相談所に寄せられた「相談受理件数」は2481件でした(資料6)。そのうち、電話のみで終了したものなどが219件、調査の結果「虐待の事実が認められなかった」ものなどが568件ありました(資料7)。合わせて787件。したがって、2003年に都内の児童相談所が虐待として対応を行った件数は、2481件から787件を引いた1694件ということになります。

 なお、前回調査の報告書は、電話のみで終了した相談について次のように書いています。「電話相談は、母親からの相談が多く、内容も食事、睡眠、排泄等育児に関するものなど適切な助言をすることで問題解決にいたったものがほとんどです」。
 電話のみで終了した相談は、虐待というよりは、育児相談に近いように思われます。

 このように、全相談受理件数2481件のうち、787件は虐待とは認定されませんでした。この787件は、全相談受理件数2481件の32%(資料7)、電話のみを除いた2262件では25%に当たります。
 2000年のデータを分析した前回調査もほぼ同様で、全相談件数1940件のうち電話のみが322件(16.6%)、虐待とはいえないもの376件(19.4%)で、計698件(35.8%)でした。

 つまり、全相談件数のおよそ3分の1は虐待とは言えない相談ですが、これらの相談も資料6にあるように、虐待の相談受理件数としてカウントされています*。

*ただし、資料6と前掲の厚労省のデータは数値が一致しません。厚労省データでは、2003年の東京都の相談件数は2206件でした。この違いが何によるものかはわかりません。


【資料6東京都の児童虐待相談受理件数
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【資料7東京都の児童相談所が受けた虐待相談対応件数(2003
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「相談受理件数」2481件のうち、電話のみで終了したものなどが219件(9%)、
「虐待の事実が認められなかった」ものなどが568件(23%)。


全相談件数の3分の1が近隣・知人からの相談

 次に、相談経路について見てみましょう。東京都の相談で特徴的なのは、全国的な傾向以上に、近隣・知人による通告が多いことです。このことは都市部ほど近隣・知人による通告が増えているという内田さんの分析と一致します。
 実際、近隣・知人からの通告が最多で、297件(17.5%)。第2位の学校は270件(15.9%)、第3位の子ども家庭支援センターは182件(10.7%)です。
 家族からの通告は、全国調査では最も多かったのですが、東京都では4位で124件(7.3%)。前回調査の132件(10.6%) より減っています。東京都では、家族からの通告が減る一方で、近隣・知人からの通告が増えているのです。

 資料8の「第一発見者」では、さらに近隣・知人の割合が高くなっています。第1位が近隣・知人で453件(26.7%)。前回調査でも、28.2%が近隣・知人です。通告者ではなく第一発見者で見れば、相談件数の4分の1以上が、近隣・知人によって発見されたケースということになります。
 2位が学校で324件(19.1%)。家族は3位で178件。件数では前回調査の156件よりは増えたものの、構成比は12.5%から 10.2%に減少しました。

 ただし、これらのデータには虐待に該当しないと判断されたケースは含まれていません。すぐ後で述べるように、近隣・知人が第一発見者の相談のうち、虐待と認められなかったケースが336件あります。これを合わせると、第一発見者が近隣・知人のケースは789件。
 この789件は全相談件数2481件の31.8%、電話のみで終了したケースを除いた2262件では34.9%に上ります。つまり、全相談件数のおよそ3分の1が、近隣・知人によって発見されたケースということになります。

 なお、発見者(近隣知人26.7%)と通告者(同17.5%)の差は、発見者が自ら直接児童相談所に通告するとは限らないからです。2003年のデータでは、虐待を発見した近隣・知人のうち、65%が自分で児童相談所に連絡していますが、残りは子ども家庭支援センターや児童委員に連絡し、それが児童相談所に通告されます。

【資料8第一発見者(2003年)
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近隣・知人が第一発見者の相談では4割は虐待に該当しない

 前述のように、全相談件数のうち、およそ3分の1が虐待に該当しませんでした。では、どのような経路の場合に、虐待と見なされないケースが多いのか。資料9は、虐待に該当しなかった割合(非該当率)を第一発見者別に見たものです。
 これによると、とくに第一発見者が近隣・知人の場合、非該当率が42.6%(453件)と非常に高いことがわかります*。前回調査でも42.2%でした。

 一方、家族や親戚が第一発見者の場合でも4分の1、医療機関や子ども支援センターが第一発見者の通告でも2割弱が虐待に該当しなかったということです。このことについて、報告書は次のように書いています。

 (非該当がかなりあるのは)児童虐待防止の制定により、「虐待の通告が国民の義務とされたことを機に、子どもや家庭に身近な関係者が通告を行った結果と思われます。
 このように、通告される事例が結果として虐待ではないこともありますが、虐待の発見と対応に遅れが生じることのないようにするために、児童虐待防止法改正の趣旨を周知し、子どもや家庭の様子に気になることがあったら、すぐに通告するよう地域の住民や関係機関に引き続き促していく必要があります。」(12頁)

 虐待を発見するためには、非該当率が高くなるのも、やむを得ないということなのでしょう。それは分からなくはないのですが、私としては、虐待をしていないにもかかわらず、近隣・知人などから通告された側のことが気になってしまいます。

 ともあれ、資料9から、近隣・知人からの相談の場合、いかに虐待に該当しない相談が多いかが分かります。近隣・知人が発見したケースの42.6%が非該当であり、その件数(336件)は、非該当の全件数568件の59.2%にもなります。虐待に該当しない相談のうち、6割は近隣・知人が発見したケースなのです。

*資料9336件がなぜ42.6%なのか、最初よく分かりませんでした。近隣・知人が第一発見者の相談が453件だとすると(資料8)、336件は74%になるからです。ですが、こういうことでした。資料8453件は虐待として対応した件数であり、その他に虐待とは言えない件数が336あるということです。したがって、近隣・知人が第一発見者の相談件数は、両方合わせて789件。うち、336件が非該当で、42.6%になります。

【資料9第一発見者別 虐待「非該当」の割合(2003年)
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虐待の「危惧」も虐待に含まれる

 資料10は、虐待の程度(重症度)を調べたものです。ここで通目されるのは、「危惧あり」が22.8%を占めていることです。「危惧あり」というのは、「暴力や養育の放棄・怠慢(ネグレクト)の児童虐待行為はないが、『たたいてしまいそう。』『世話したくない。』などの子どもへの虐待を危ぐする訴えがある」場合を指します(下線、広井。以下同様)。
 この説明を読む限り、「危惧あり」はリスキーではあっても、実際に暴力をふるったり、育児放棄をしているわけではありません。ですが、これも虐待として「対応」がはかられた1694件の内に含まれています。

 また、「軽度」は39.9%。これは、「実際に子どもへの暴力があり、保護者や周囲のものが児童虐待と感じているが、一定の制御があり、一時的なものと考えられ、家族関係には重篤な病理が見られない」ケースです。具体例として、「外傷が残るほどではない暴力行為がある」「子どもの健康問題を起こすほどではないが、養育の放棄・怠慢(ネグレクト)の傾向がある(子どもの世話が嫌で時々ミルクをあげないことがある、など)」が挙げられています。
 この軽度も虐待と言えるかどうか、かなり微妙な印象です。かつてならしつけとして片付けられていたものも、かなり含まれているのではないかと思います。

 このように、実際には虐待を行っていない「危惧あり」(22.8%)と、「一定の制御があり、一時的な」虐待である「軽度」な事例(39.9%)で、虐待として対応した件数の62.7%になります。中度は25.4%、それ以上の深刻なケースは1割ほどです。
 また、2000年データよりも相談件数が増加した2003年データでは、「危惧あり」と「軽度」が増加し、中度以上が減少しました(資料10)。相談件数の増加とともに、新聞やテレビで報道されるようなひどい虐待が増えているわけではないのです。むしろ、相談件数の増加は、こうした「危惧あり」や「軽度」の虐待を増やしてきたものと思われます(もう少し、データを当たってみる必要がありますが)。

【資料10虐待の重症度
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近隣・知人が第一発見者の相談では、4割が虐待の「危惧」

 資料11は、第一発見者別に虐待の程度を調べたものです。一見して明らかなのは、近隣・知人が第一発見者の場合は、「危惧あり」と「軽度」の割合がとても高いことです。39.1%が虐待の危惧、44.4%が軽度で、合計83.7%にもなります。

【資料11第一発見者別 虐待の重症度
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近隣・知人からの相談の増加がもたらしたもの

 以上のように、都内の児童相談所が虐待として対応した相談件数(1694件)の中で、最も多いのは近隣・知人による相談でした。近隣・知人が第一発見者の割合は26.7%、通告者では17.5%が近隣・知人です。全相談件数(2481件)で見れば、近隣・知人が第一発見者の割合はさらに上がり、32%にもなります。近隣・知人による虐待の発見と通告が、東京の虐待相談件数の増大をもらした最も大きな要因といえるでしょう。

 資料12は、近隣・知人が発見した相談をまとめたものです。近隣・知人が第一発見者となった789件のうち、非該当が43%、危惧あり22%、合わせて65%が虐待とはいえないケースです。これに軽度を加えると91%になります。

【資料12近隣・知人が第1発見者となった相談の虐待の有無・程度(2003
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  総数789(件)  非該当336  危惧あり177  軽度202  中度44   
  重度17  生命の危険あり2  不明11


 また、資料13は、全相談受理件数2481件の内訳です。電話のみ、虐待なし、危惧ありの合計は、全相談受理件数の48%を占めます。
 近隣・知人からの相談の増加は、虐待とは認められないケースや、虐待のおそれがあるという程度のケース、そして虐待の中でも軽度のケースについての相談を増やしてきたのです。


【資料13全相談受理件数の内訳(2003
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なぜ都市では近隣・知人からの相談が多いのか
 
 それにしても、なぜ、都市部ではとくに近隣・知人からの相談が多く、かつ増えているのか。前回調査の報告書は次のように書いています。

「近隣知人」の発見の割合が高いのは、都市部の一つの特徴であると考えられます。その理由としては集合住宅が多いことなどから、近隣の空間的距離が近いため、虐待を発見する機会が多いこと、しかし、その一方で、日ごろの付き合いが希薄なため、直接本人に話をするのでなく、行政機関等に通報することで問題の解決を図ろうとすることなどが関係するものと思われます。

 内田良さんも同様の推測をしています(53頁)。こうした推測の前提には、田舎は都会と違って人間関係が緊密であり、したがって、田舎では虐待を発見しても児童相談所には通報しないで、直接その親にアドバイスしたり、援助したりするはずだという「思い込み」があるように思います。
 でも、それはわかりません。田舎の方が近隣・知人からの相談件数が少ないということは、むしろ、見て見ぬふりをする人が多いということかもしれないのですから。

 でも、おそらくそういうことではなくて、虐待に対する認識(何を虐待と見なすか)が、都市と地方では異なるからではないかと思います。内田さんの言うように、虐待は都市で起こるのではなく、都市で発見されるということです。
 ですが、これも推測です。今、ここで言えることは、都市は、児童相談所の判断では虐待とは認められないような親の行為までをも、虐待と見なして通報する近隣・知人を膨大に増やしてきたということです。 


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児童虐待防止法 2000(平成12)年524日法律第82号 最終改正:2008(平成20)年123日法律第85

(児童虐待の早期発見等)
第五条 学校、児童福祉施設、病院その他児童の福祉に業務上関係のある団体及び学校の教職員、児童福祉施設の職員、医師、保健師、弁護士その他児童の福祉に職務上関係のある者は、児童虐待を発見しやすい立場にあることを自覚し、児童虐待の早期発見に努めなければならない。

(児童虐待に係る通告)
第六条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。