【親子関係の法制度】

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このごろ流行るもの、親の「第一義的責任」 2012.7.18




親の「第一義的責任」の登場

 親の「第一義的責任」という用語が流行っていると書いたのは、教育行政学者の市川昭午氏ではなかったかと思う。確かに流行っている。それはなぜなのか。

 2000年に制定された児童虐待防止法には、親の「第一義的責任」という文言はなかった。2000年に改正された少年法も、「保護者に対し、少年の監護に関する責任を自覚」させるという条文を新たに加えたものの、「第一義的責任」とは明記していない。
 このころはまだ、親の「第一義的責任」を法律上に明記しようということにはなっていなかったのではないかと思う。

 親の「第一義的責任」をはじめて規定したのは、おそらく2003年制定の「少子化対策基本法」と同年制定の「次世代育成支援対策推進法」だろう。これらの法では、少子化対策や次世代育成支援は、父母が「子育てについての第一義的責任を有する」という認識の下に行なわれなくてはならないと定められている。
 その後、2006年に制定された新教育基本法は、「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」という条文を新たに設ける。こうした家庭教育に関する条文は、旧法にはなかった。児童虐待防止法も2007年の改正で、親の「第一義的責任」に関する条文を付け加える。

 新児童手当法(2012年3月)もまた、児童手当は父母が「子育てについての第一義的責任を有するという基本的認識の下に」支給すると規定する。ちなみに、旧児童手当法(1971年制定)は、「児童を養育している者」に児童手当を支給すると書いていたにすぎない。それに対し、新児童手当法は、児童手当の支給に際し、親にまず子どもの養育責任があることを、わざわざ確認する。

PS)いじめ防止対策推進法(2013年6月制定)にも親の「第一義的責任」が規定される。


なぜ親の「第一義的責任」なのか

 このように、2003年以降、子どもの育成に関する様々な法が、こぞって親の「第一義的責任」という文言を規定するようになる。親の「第一義的責任」は、明らかに近年の法制度や政策を方向づける戦略的なキータームなのである。

 
 それはなぜなのか。このことは1947(昭和22)年に制定された児童福祉法と比較するとよく分かる気がする。同法第2条は次のように定める。児童福祉法においては、国や自治体も親とともに児童育成の責任を負っているのである。

「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」

 ところが最近の法にはこうした規定はない。近年の法制度の論理では、国や自治体が責任を負うのは親を「支援」することであって、子どもの養育に責任を負うのはあくまでも親である。とすれば、親の「第一義的責任」は、国や自治体には基本的に「児童を心身ともに健やかに育成する責任」がないことを明示するための文言ということになるのではないだろうか。

 親の「第一義的責任」は、実は国連の「子どもの権利条約」(1994年日本批准)に規定されている。親の「第一義的責任」の流行の背景には、子どもの権利条約があるのかもしれない。子どもの権利条約にあるように、親に第一義的責任を負わせ、国や自治体が親をサポートするという法論理は、おそらく今日、世界標準なのだろう。

 ともあれ、では国や自治体は親に対してどんなサポートを行なう責任を負うのか。
 この点に関して新教育基本法は、国及び地方公共団体は「保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない」と規定するにすぎない。具体的に上げられているのは「学習の機会及び情報の提供」だけであり、しかもそれは「努力義務」なのである。
 このことは、子どもの権利条約が、締約国は「栄養、衣類及び住居」に関する「物的援助」を行うと規定しているのと対照的だろう。日本の法は、支援についてもどうも及び腰。新児童手当法にあるように、日本の法制度の言う「親の第一義的責任」は、とりわけ子育てに対する物的援助を限定あるいは回避するための文言のように思えてならない。



「戦後の家族政策と子どもの養育」(『実践女子大学人間社会学部紀要』2012)に、子どもの養育に関する戦後の政策の変遷について書きました。CiNiiで読めますので、よかったらご参照ください。




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児童虐待の防止等に関する法律 2000年5月
(国及び地方公共団体の責務等)
第4条 国及び地方公共団体は、児童虐待の予防及び早期発見、迅速かつ適切な児童虐待を受けた児童の保護及び自立の支援(略)並びに児童虐待を行った保護者に対する親子の再統合の促進への配慮その他の児童虐待を受けた児童が良好な家庭的環境で生活するために必要な配慮をした適切な指導及び支援を行うため、関係省庁相互間その他関係機関及び民間団体の間の連携の強化、民間団体の支援、医療の提供体制の整備その他児童虐待の防止等のために必要な体制の整備に努めなければならない。
2 早期発見のための研修等(略)
3 虐待を受けた児童の保護等のための人材の確保・資質の向上(略)
4 児童虐待の防止のための広報その他の啓発活動(略)
5 児童虐待事例の分析、虐待の予防、早期発見のための方策等に関する調査研究・検証(略)
6 児童の親権を行う者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を有するものであって、親権を行うに当たっては、できる限り児童の利益を尊重するよう努めなければならない。
7 何人も、児童の健全な成長のために、良好な家庭的環境及び近隣社会の連帯が求められていることに留意しなければならない。

(親権の行使に関する配慮等)
第14条 児童の親権を行う者は、児童のしつけに際して、その適切な行使に配慮しなければならない。
2
児童の親権を行う者は、児童虐待に係る暴行罪、傷害罪その他の犯罪について、当該児童の親権を行う者であることを理由として、その責めを免れることはない。

(親権の喪失の制度の適切な運用)
第15条 民法に規定する親権の喪失の制度は、児童虐待の防止及び児童虐待を受けた児童の保護の観点からも、適切に運用されなければならない。


少年法 1948年7月 2000年12月改正
(保護者に対する措置)
第25条の2 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、保護者に対し、少年の監護に関する責任を自覚させ、その非行を防止するため、調査又は審判において、自ら訓戒、指導その他の適当な措置をとり、又は家庭裁判所調査官に命じてこれらの措置をとらせることができる。〔2000年12月追加〕


少子化対策基本法 2003年7月
(施策の基本理念)
第2条 少子化に対処するための施策は、父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するとの認識の下に、国民の意識の変化、生活様式の多様化等に十分留意しつつ、男女共同参画社会の形成とあいまって、家庭や子育てに夢を持ち、かつ、次代の社会を担う子どもを安心して生み、育てることができる環境を整備することを旨として講ぜられなければならない。

(国の責務)
第3条 国は、前条の施策の基本理念にのっとり、少子化に対処するための施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。

(経済的負担の軽減)
第16条 国及び地方公共団体は、子どもを生み、育てる者の経済的負担の軽減を図るため、児童手当、奨学事業及び子どもの医療に係る措置、税制上の措置その他の必要な措置を講ずるものとする。



次世代育成支援対策推進法 2003年7月
(基本理念)
第3条 次世代育成支援対策は、父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するという基本的認識の下に、家庭その他の場において、子育ての意義についての理解が深められ、かつ、子育てに伴う喜びが実感されるように配慮して行われなければならない。

(国及び地方公共団体の責務)
第4条  国及び地方公共団体は、前条の基本理念にのっとり、相互に連携を図りながら、次世代育成支援対策を総合的かつ効果的に推進するよう努めなければならない。


教育基本法 2006年12月
(家庭教育)
第10条 父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
2
 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。


児童手当法 2012年3月改正
(目的)
第1条  この法律は、父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するという基本的認識の下に、児童を養育している者に児童手当を支給することにより、家庭等における生活の安定に寄与するとともに、次代の社会を担う児童の健やかな成長に資することを目的とする。

旧児童手当法 1971年5月
第1条 この法律は、児童を養育している者に児童手当を支給することにより、家庭における生活の安定に寄与するとともに、次代の社会をになう児童の健全な成長及び資質の向上に資することを目的とする。

*「平23年度における子ども手当の支給等に関する特別措置法」(2011年8月)には親の「第一義的責任」なし。


いじめ防止対策推進法 2013年6月制定
(保護者の責務等)
第9条 保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、その保護する児童等がいじめを行うことのないよう、当該児童等に対し、規範意識を養うための指導その他の必要な指導を行うよう努めるものとする。
2
 保護者は、その保護する児童等がいじめを受けた場合には、適切に当該児童等をいじめから保護するものとする。
3
 保護者は、国、地方公共団体、学校の設置者及びその設置する学校が講ずるいじめの防止等のための措置に協力するよう努めるものとする。
4
 第一項の規定は、家庭教育の自主性が尊重されるべきことに変更を加えるものと解してはならず、また、前三項の規定は、いじめの防止等に関する学校の設置者及びその設置する学校の責任を軽減するものと解してはならない。

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民法 1898(明治31)年6月 1947年12月改正
(親権者)
第818条 成年に達しない子は、父母の親権に服する。

(監護及び教育の権利義務) 第820条 親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。


児童福祉法 1947年12月
第1条 すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。
2
 すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。

第2条 国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。


子どもの権利に関する条約(ユネスコ訳)
1989
年の第44回国連総会において採択、1990年に発効。日本は1994年に批准。

第18条
1
 締約国は、児童の養育及び発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う。父母又は場合により法定保護者は、児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。児童の最善の利益は、これらの者の基本的な関心事項となるものとする。
2
 締約国は、この条約に定める権利を保障し及び促進するため、父母及び法定保護者が児童の養育についての責任を遂行するに当たりこれらの者に対して適当な援助を与えるものとし、また、児童の養護のための施設、設備及び役務の提供の発展を確保する。

第27条
1
 締約国は、児童の身体的、精神的、道徳的及び社会的な発達のための相当な生活水準についてのすべての児童の権利を認める。
2
 父母又は児童について責任を有する他の者は、自己の能力及び資力の範囲内で、児童の発達に必要な生活条件を確保することについての第一義的な責任を有する。
3
 締約国は、国内事情に従い、かつ、その能力の範囲内で、1の権利の実現のため、父母及び児童について責任を有する他の者を援助するための適当な措置をとるものとし、また、必要な場合には、特に栄養、衣類及び住居に関して、物的援助及び支援計画を提供する。