【18歳成年論】
 成年制度は社会の仕組みの問題 2008.4.10





 国民投票法が18歳に投票権を与えたことにより、にわかに18歳成人問題が浮上している。今年(2008年)2月に、鳩山法務大臣が法制審議会で審議するよう諮問したという。
 だが、毎日新聞や時事通信の世論調査では、18歳成年制に6〜7割が反対している。毎日新聞の調査で最も多い反対理由は、「精神的に未熟だから」(200833日)。今の若者は精神的な成熟が遅れていると捉えられているのである。
 しかし、浅野智彦編『検証・若者の変貌』(勁草書房、2006年)によると、1980年代、若者は高度消費社会を担う新たな存在として、おおむね肯定的に評価されていたという。それが、 バブル崩壊後一転し、若者へのバッシングがまん延することになった。変わったのは、若者ではなく、若者に向けられる社会のまなざしだというのである。
 そんな厳しいまなざしが若者にそそがれる中での18歳成人問題。成人年齢が引き下げられるのは、なかなか難しそうである。
 もっとも、問題はそう単純ではない。この問題が少年法とからんでいるからである。少年法の対象とする少年を20歳から18歳へと引き下げるべきだという主張は、戦後一貫して存在する。少年犯罪の「凶悪化」論と「厳罰化」論が幅を利かせている今日では、そうした声もさらに大きくなりそうである。その結果、18歳に選挙権を与えることと引き換えに、少年法を18歳に引き下げるということになるかもしれない。

 で、18歳成人制に、賛成か反対か。このところ、私の「成年と未成年のはじまり」という原稿を読んでくださったということで、いくつかの新聞から取材を受けました。これは、1876(明治9)年の太政官布告と、1896 明治29年)の民法制定過程を分析した地味な歴史研究にすぎないのですが(About MeのページにPDFを載せました)、それでも、「賛成ですか、反対ですか」と記者の方に聞かれます。それで、私は「賛成です」と答えました。実は私としても、かなり悩ましいのですが。
 以下の原稿が、その新聞記事です(北海道新聞と朝日新聞)。北海道新聞で「対論」とあるのは、深谷昌志氏(東京成徳大学子ども学部長)の反対論が同時に掲載されていてるからです。深谷氏は、「自立が遅れているのに選挙権など多くの権限を与えるのは、子どもに高価なおもちゃを与えるようなものです」とおっしゃっています。それはあまりにあまりという気がしますが、私のこの生硬い文章に比べると、さすがにうまいなあと思いました。

*以下の文章は新聞記事そのままではありません。
 記事になったものは、若干、修正が加えられています。



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「対論 民法の成人年齢 18歳に引き下げ」

 北海道新聞 
2008.323 朝刊                                             

 若年人口比率が減少している今日、若者を未熟とだけみるのではなく、社会を担う若者として捉え、その意見を反映させる社会づくりが重要だと考えています。そのため、基本的に成人年齢の18歳への引き下げに賛成です。
 現在、成年と未成年は、主に選挙権と少年法によって区分されると受け止められています。しかし、歴史的に見ると、選挙権も少年法も成人年齢で区分されてきたわけではありません。1876(明治9)年の太政官布告や、1896(明治29)年制定の民法は、西欧の法制度を参考にして、20歳を成年としましたが、1925年に制定された普通選挙法が投票権を認めたのは、25歳以上の男性のみでした。20歳以上の成年男女に投票権を認めたのは戦後のことです。1922年制定の少年法も、18歳未満を少年と規定しており、戦後の少年法によって、少年は20歳未満にまで引き上げられました。1948年施行の「国民の祝日を祝う法律」は、「成人の日」を定めましたが、この法律は、興味深いことに何歳が成人かは規定していません。当時の文献を読むと、成人はだいたい18歳が妥当だが、地方の慣習によって差があると書かれています。つまり、民法上の成人年齢とこうした法制度とは、必然的に結びつくものではなく、戦後の法制度の整備によって、はじめて成人年齢と投票権や少年法が結びつけられたのです。
 確かに、その後、こうした制度が定着し、親や学校や社会が、20歳、あるいはそれ以上まで子どもを保護する仕組みを作り上げてきました。その結果、高校進学率が90%に達する1970年代になると、少年による凶悪犯罪は急減し、今日でも、日本の少年犯罪は、世界的に見て、かなり低い水準にあります。その意味で、子どもを保護するための戦後の法制度の整備は、きわめて重要な役割を果たしてきました。
 しかし、その一方で、若者の意見を反映させるための制度は、ほとんど整備されてきませんでした。ヨーロッパでは、1970年代に民法上の成人年齢や投票年齢が引き下げられ、今日では、世界の国・地域の9割近くが18歳以下の若者に選挙権を与えています。子供の権利条約でも、子供は18歳未満です。今の若者は精神的な成熟度が低いといった議論もありますが、日本の若者が他のほとんどの国の若者と比べて成熟が遅いというようなことを証明する根拠はありません。旧西ドイツは70年に選挙権を21歳から18歳に下げ、74年に成人年齢を18歳に引き下げました。日本でも、まず選挙権の年齢を18歳に引き下げ、社会的な合意が得られた段階で、民法上の成人年齢を18歳に引き下げるというのが、最も有意味で現実的な方向だと思います。


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朝日新聞 2008.4.6 朝刊

 江戸時代の日本では、15歳以上を大人と扱うことが一般的だった。明治政府も当初は15歳を基準としたが、1876(明治9)年の太政官布告により成人年齢は満20歳とされた。8世紀初頭に制定された大宝律令が満20歳以上に納税の義務を課していたことや、フランス民法の規定などが参考にされた。
 当時の調査では、各国の成人年齢は英仏独やロシアが21歳、米国は22歳、スイスは23歳などだった。各国より若い年齢を採用したことについて、明治の法学者で民法起草者である梅謙次郎は「日本人ノヤウナ寿命ノ短イ所デハ是が適当ト思ヒマス」と述べている。いまでは多くの国が18歳を成人としており、当時とは状況が逆転している。
 日本で20歳成年制が定着したのは、それほど前のことではない。1948年の「国民の祝日に関する法律」では、「成人の日」に年齢の規定はないが、衆院議員の受田新吉は翌年出版した著書で「審議の結果、大体成人としての基準を満18歳とすることに意見が一致」したと記している。67年の政府世論調査でも、少年法の少年とは何歳未満かという問いに対し、18歳と20歳という答えが35%前後でほぼ同数を占めている。
 成人年齢というのは、確固たる国民の意識に裏打ちされたものではない。引き下げも含め、もっと柔軟に議論されていいのではないか。