【家庭の教育力】
 世論は今の親子をどう捉えてるか 2006.6.23




 「最近は一般に親子の絆が弱まってきているという考え方について、どのように思いますか」と聞かれたら、どう答えるだろうか。以下は、そのアンケート調査の結果(2001年版『国民生活白書』より)。

図1
Pasted Graphic
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp-pl/wp-pl01/html/13104200.html


 60%以上の人が、最近は親子の絆が弱まっているという見方を支持していることが分かる。他方、「そうは思わない」という人は全体で15%足らずで、どの年代でも20%に達しない。


家庭の教育力が低下している?

 「家庭の教育力が低下している」という話もよく聞く。たとえば、
文部科学省の「今後の家庭教育支援の充実についての懇談会」の報告「『社会の宝』として子どもを育てよう!」(20027月)は、次のように述べている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/007/toushin/020701.htm


 「育児不安や児童虐待が増えている背景としては、乳幼児を持つ若い母親たちの多くが社会との接点を持たずに孤独な育児を行っていることなどによる家庭の教育力の低下、具体的 には、子どもとの接し方や教育の仕方がわからな い親の増加、しつけや子育てに 自信がない親の増加、過保護や過干渉、無責任な放任などがあるのではないかと指摘されています。」


 そして、上の見方の根拠として挙げられているのが、図4の下のグラフである。これは国立教育政策研究所が全国の子どもを持つ親を対象に行った調査で、この調査では、25歳から34歳の若い世代では55%、45歳から54歳の世代では、実に72%の人が最近の家庭の教育力は低下していると思うと答えている。

図2
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低下していると思っている人は増えている

 総理府が行った調査では、家庭の教育力が低下しているという見方について、そう思うと答える人が増えている。


   1988年           1993年 
   全くその通りだ  
16.8  → 31.3
   ある程度そう思う 46.4% → 43.9
   合計       63.2% → 75.2
             総理府 「青少年と家庭に関する世論調査」

 同調査によれば、家庭の教育力が低下していると思う人は、 小都市、町村よりも、大都市、中都市の方が多い。


「社会の宝」報告書はおかしい

 ところで、上の「今後の家庭教育支援の充実についての懇談会」の文章は理解できただろうか。私は何度読んでもよく分からない。

 この文を単純にすると、育児不安の増加の背景には、家庭の教育力の低下、具体的には、子育てに自信のない親の増加があるということになる。だが、これでは何も説明したことにならない。報告書は、「近年、子どもを育てている親の間に育児不安が増大しています。家庭養育上の問題として「しつけや子育てに自信がない」と答えた世帯の割合は、平成元年には12.4%だったのに対し平成11年には17.6%に増加しています(図1)」と書いている。ということは、育児不安(=子育てに自信のない親)が増えたのは、育児に自信のない親が増えたからだと言っているに等しい。
 それ以上に不可解なのは、この懇談会の報告書が、「家庭の教育力」が低下していると考えているのかどうかはっきりしないことだ。「と指摘されています」と書いているに過ぎないのだから。だが、にもかかわらず、上記の文のすぐ後には、次のような文が続く。

  しかしながら、今日の家庭の教育力の低下は、個々の親だけの問題ではあり ません。都市化 や少子化、核家族化、地域の人々とのつながりが減少したことなど、社会の大きな変化の中で、子育てを支えるしくみや環境が崩れていること、子育ての時間を十分に取ることが難しい雇用環境があることなどにも目を向けなければならないと考えます(図5)。
  
 つまり、懇談会は家庭の教育力は低下していると考えているのである。なのに、どうしてこれほど腰の引けた書き方をしているのか?
 さらに不可解なのは、家庭の教育力が低下していると捉える根拠である。要するに、上記のグラフが最大の根拠なのである。これはあまりにひど過ぎる。アンケートをとったら、多くの人が家庭の教育力が低下していると言っているので、家庭の教育力は低下していることになりました!?
 なんてことには、なりようがない。意識調査は意識調査に過ぎない。事実認識とは異なる。にもかかわらず、事実認識を裏づけるだけのまともなデータが、この報告書では示されていない。
 そう言えるかどうか、この報告書に載せられている他のデータについて見てみよう。図1と図3は育児不安に関するアンケート調査である。図2は児童相談所における児童虐待の相談件数。図4はすでに見た。図5、6は、親と子の接触時間に関する意識調査。図7、8は父親と子との関係。このうち、育児不安と親と子の接触時間について取り上げよう。児童虐待の相談件数のデータは、実際の虐待の増加を示すものではないし、図7,8の父子関係は、過去のデータと比較するものでないため、「低下」の根拠とはなりえないからである。


育児不安は増えている?

 下の図1から、「しつけや子育てに自信がない」と答えた世帯の割合は、
報告書が言うように、 1989(平成元)年から1999(平成11)までの10年間に、5.2%増えたことが分かる。
 問題はこの数値をどう捉えるかである。この 5.2 の上昇から、報告書のように、「近年、子どもを育てている親の間に育児不安が増大しています」と言えるかどうか? 下のグラフが17.6%を非常に大きく描いていることからもわかるように、報告書はかなり大げさに煽っていると私としては思う。

図3
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 下の図3は、有職者より専業主婦の方が、育児不安が多いことを表すデータである。このことから報告書は、家庭の教育力の低下は「乳幼児を持つ若い母親たちの多くが社会との接点を持たずに孤独な育児を行っていること」に原因があるということを暗に示そうとしているのだろう。
 だが、図3だけでは育児不安の「増加」や教育力の「低下」の根拠とはなりえない。図3は第1子が小学校入学前の母親を対象とした調査だが、そうした母親の中で専業主婦が増加していることを示さない限り、育児不安が増加したことにはならないからである。

図4
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育児の自信がなくなると、育児不安?

 だが、こうしたデータ分析上の問題以前に、もっと根本的な問題がある。それは、「育児の自信がなくなる」というこのアンケートの答えは、そもそも「育児不安」を表しているのか、家庭の教育力の低下を表しているのか、ということである。


 この問題を考える上で、興味深い資料がある。 総務庁「子供と家族に関する国際比較調査」(調査199495年)である。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/kodomo/kodomo.htm
  中央教育審議会答申「新しい時代を拓く心を育てるために」(1998年)は、 この調査から、日本の親はアメリカと韓国の親に比べて問題があると強調している。確かに、とくにアメリカの親は日本の親よりもはるかに様々なことを子どもと話しあい、子どもとの接触時間も長い。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/980601.htm
 だが、この調査で、「しつけや教育に自信がもてない」と答えた親の割合は、日本11.1%、アメリカ19.8%、韓国237%である。「子どもが反抗的で、言うことを聞かない」は、日本7.2%、アメリカ13.9%、韓国16.8%。「相談する相手がいない」は、日本2.0%、アメリカ3.8%、韓国7.7%。日本はどれも少ない。「育児の自信がなくなる」という回答が育児不安を表しているのだとすれば、日本はこの3国の中で最も育児不安が少ない国だ。

 しかし、である。このデータを詳細に分析した田島信元は、同調査の報告書(1996年)で、3国に共通する特徴として、しつけや子育てへの不安が高いほど、子どもとの会話が豊富だと指摘している。「子供のしつけや教育の問題について悩んだり、不安を感じている親は、子供とできるだけコミュニケーションをとろうと努力していることがうかがわれる」(「親と子のコミュニケーションと親子関係」89頁)というのが、田島氏の推測である。
 そう言われてみれば、しごく真っ当な分析ではないだろうか。専業主婦の方が育児に自信がないと答える割合が多いのも、分かる気がする(だからといって、有職者の方が問題だと言っている訳ではありません。念のため)。


子どもとの接触時間の短縮?

 「社会の宝」
報告書 に戻ろう。報告書は、「子育ての時間を十分に取ることが難しい雇用環境がある」ことの証明として、図5をあげている。 やはり最近は不景気で労働時間が長くなって、親子の接触時間が減っていることの反映だと報告書は推測したのかもしれない。だが、このデータからは、とてもそこまでは言えない。ここでも、意識調査と事実認識の区別がなされていない。それと、図1と同様、2.4%の増加を大幅な増加に見えるように、グラフを作成していることにも、恣意的なものを感じる。

 ともあれ、このデータから分かることは、約20%の人が子どもとの接触時間が足りないと考えていることと、そう感じる人が10年間で3%増えたということである。このことをどう捉えるか。 確かに、 報告書が言うように、子どもと接触する時間が足りないと感じる親が増えているのは問題だろう。私ももっと子どもと接触する時間が保障されるべきだと思う。だが、だから今の親や家庭はダメだということには決してならない。

 なぜかというと、ここでまた前述の田島信元の分析が参考になる。田島は、先の日・米・韓の調査結果から、子どもとの接触時間が不足していると感じている父親は、子育てへの強い信念を持ち、教育へや家族関係への関心が高いほど、実際のコミュニケーションや親子の関係づくりにも熱心であると分析している( 99頁)。
 とすれば、子どもとの接触時間が不足していると思う親の増加は、家庭の教育力の低下を意味しているわけでない。逆に、家族や子どもや教育への強い関心の反映ということになる。私としては、こうした理解の方がリアリティがあると思うのだが、どうだろうか。少なくとも、子どもとの接触時間が不足していると思う親の増加が、家庭の教育力が低下していることの証明になる訳ではない(報告書もそんなことは言っていないが)。
 もちろん、このことと実際の接触時間とは別である。実際の接触時間が減少しているかどうかは、別に検証されなくてはならない。

図5
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育児不安とは?

 と、ここまで考えてきたところで、そもそも育児不安とはどのようなものと捉えられてきたのかが、とても気になってきた。報告書は、「しつけや教育に自信がない」という回答を、イコール育児不安と捉えているが、それはあまりに単純過ぎる。しつけや教育に「自信があります」なんて、ドウドウと言える方が珍しいし、むしろアブナイ気がする。

 ということで、育児不安については、ページを改めて、もう少し考えてみることにします。