教育基本法を改正する理由
 
核家族化による家庭の崩壊?  2006.6.25






文部科学大臣の答弁

 ここでは、教育基本法を改正する理由について考えてみたい。改正推進派の政治的意図や動向を分析するということではない。考えてみたいのは、どのような論理で、改正が正当化されているのかということである。

 教育基本法改正法案は、衆議院特別委員会で審議されたものの、次期国会に先送りになった。この特別委員会で、小坂文部科学大臣は改正理由について次のように答弁したという(朝日新聞、2006.625朝刊)。
 
  ①「21世紀という新たな世紀に入り、IT社会という新たな流れの中でグローバル化した世界で
   の日本の位置づけが変革(ママ)をしている」
  ②「倫理観の低下、社会的使命感が喪失しているのでは、との指摘もある」
  ③「核家族主義になって家族の崩壊という現象も言われるようになった。都市化も進んだ」
  ④「道徳心や自立心、公共の精神、国際社会の平和と発展への寄与など、今後、教育において
   より一層重視しなければならない新たな理念というものを規定する必要がでてきた」


 文部科学省のホームページには、「教育基本法(説明資料)」という文書が載っている。それには、次のように書かれている。

  「教育基本法の制定から半世紀以上が経ちました。その間、教育水準が向上し、生活が豊かに
  なる一方で、都市化や少子高齢化の進展などによって、教育を取り巻く環境は大きく変わりま
  した。近年、子どものモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下などが指摘されて
  おり、若者の雇用問題なども深刻化しています。
   このような中で、教育の根本にさかのぼった改革が求められており・・・、我が国の未来を
  切り拓く教育を実現していくため、教育基本法を改める必要があります。」
        http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/houan/siryo/setsumei.pdf


 曖昧でどうもよく分からない説明だが、ともあれ、この中で、①はどうして教育基本法改正につながるのか不明。 ④が、改正の一番の狙いだというのは、多くの論者が指摘する通りだろう。 ②③(下の資料の下線部も同様)は、④につなげるための理由である。④だけでは、あまりにイデオロギッシュすぎて、政治や思想信条の争いになりかねないし、国民の支持も得にくい。だから、②③といった理由づけが必要になるのだろう。
 ただ、ここらへんは実は書き方が難しい。文部科学省の責任も問われかねないからだ。上の「 教育基本法(説明資料)」を読んで、「えっ?」と思った人も少なくないと思う。「モラルの低下」はともあれ、「学ぶ意欲の低下」は文部科学省の責任ではないのか?「ゆとり教育」はどうしたのか? 「学力の低下」ではなくて、学ぶ「意欲」の低下と書いてあるのがミソかもしれない。

 要するに、教育基本法を改正するためには、これまでの学校や教育ではダメだと言わなくてはならない。それには、今の子どもたちの成長発達に問題があるということが、最も人々にとって分かりやすく、かつ、重要だ。しかし、文部科学省や国の責任が問われることがあってはいけない。なので、問題とされるのは、もっぱら子どものモラルや、家庭、地域であり、核家族化や都市化や少子化なのである。



子どもや家庭はどう捉えられているか

 したがって、教育基本法を改正するには、②③のような見方が人々に支持されなくてはならない。はたして、どれくらいの人が支持しているのか。意識調査を見てみよう。

〔家庭の教育力の低下〕
◎内閣府「 平成15年度 国民選好度調査」2003
 「最近、少年による非行や犯罪が問題となっていますが、その背景にはどんなことがあると思いますか」という質問に対して、「家庭でのしつけが不十分になってきたり、家族関係が薄くなってきていること」という回答が、最も多く49.3%。次いで、社会の風潮や有害サイト28.6%。

◎内閣府「 平成14年度 国民選好度調査」2002
 「あなたは、最近は一般に親子の絆が弱まっているという考え方について、どのように思いますか」という質問に、「まったくそう思う」21.6%、「どちらかといえばそう思う」39.7%。合わせて613%が同意。     
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/senkoudo/senkoudo.html

◎国立教育政策研究所「家庭の教育力再生に関する調査研究」2001
 全国の子どもを持つ親を対象に行った調査で、25歳から34歳の若い世代では55%、45歳から54歳の世代では、72%の人が最近の家庭の教育力は低下していると思うと回答。

◎総理府「青少年の非行等問題行動に関する世論調査」1998
 家庭について「問題だと思う点」としては、20歳以上の回答では、「親が子供を甘やかしすぎている」54.0%、「親と子供の会話,ふれあいが少ない」53.9%、「幼児期からのしつけが不十分」38.9%の順で多い。        
http://www8.cao.go.jp/survey/h10/seishonen.html

〔青少年非行・犯罪〕
◎内閣府「少年非行に関する世論調査」2005
 全国20歳以上を対象としたもの(個別面接聴取)。青少年による「重大な事件」が、実感として以前よりも「かなり増えている」66.1%、「ある程度増えている」27.0%。計、増えていると思う人は93.1%。増えていると思われる非行としては、多い順に、「低年齢層によるもの」64.6%、「凶悪・粗暴化したもの」60.1%、「突然キレて行うもの」52.5%。
 「最近の少年による重大な事件は、どのような経緯を持っている少年が起こしていると思うか」については、「保護者が家庭やしつけに無関心な家庭の少年」が最も多くて59.9%。    
http://www8.cao.go.jp/survey/h16/h16-shounenhikou/index.html

〔ニート・フリーター〕
◎野村総合研究所(NRI)「ニート」に関するインターネットアンケート調査 2004
「ニート」の増加について、「非常に大きな問題である」、「問題である」と回答した人は合わせて93%。「ニート」の増加の原因としては「不況等の経済状況」と回答した人(64.9%)、「家庭」と回答した人(55.5%)。  
http://www.nri.co.jp/news/2004/041101.html

〔青少年のモラル〕
◎内閣府「少年非行に関する世論調査」2005年(前掲)
 「最近の少年に性格や資質について、問題だと思う点」としては、「忍耐力がなく、我慢ができない」67.7%、「感情をうまくコントロールできない」63.3%、「自己中心的である57.5%、相手の立場や気持ちを理解しない」42.8%、「社会道徳、規範意識(モラル)に欠けている」42.6%。


今の子どもの発達は「歪ん」でいるか?

 このように見てくると、いかに多くの人が、現在の子どもや若者に問題があると考えているかがよくわかる。しかも、こうした青少年の問題は、まずは親や家庭、あるいは社会一般に原因があると考えられているのである。

 そうである以上、文部科学相の言う教育基本法の改正理由は、かなりの程度、支持を得ることになる。 少年犯罪が低年齢化している、いきなり非行型が増えた、普通の子がアブナイといった危機感や不安が広く普及し、人々の心を捉えているのである。だから、何とかしなくては。ともあれ、60年前に制定された古い教育基本法は、もう変えた方がいいのではないか。というように、多くの人は考えているのではないだろうか。
 文部科学省は、すでに相当長い時間をかけて(1970年代後半以降ではないかと推測している)、人々の間にこうした認識を広げ、 危機感や不安を煽ってきた。私としては、人々がこのような見方を支持しているために、改正反対論への支持がもう一つ広がらず、議論の盛り上がりを欠いているのではないかと思えてならない。
 さらに言えば、改正反対論も、子どもの現状認識については、それほど文部科学省と変わらない。その原因については、大きく違うとしても。むしろ、 改正反対論では、子どもたちは、現代の社会や国家や教育制度・政策の「被害者」として位置づけられるがゆえに、 その「被害」がよけいに強調される。今の子どもたちは豊かな社会に生きているにもかかわらず、いや、豊かな社会だからこそ、実は「発達」が「歪んで」いる‥‥。まるで、子どもたちの「歪み」が大きければ大きいほど、政治や現代社会の責任を強く問うことができるかのように、現代の子どもたちの問題が繰り返し強調されてきた。
 もちろん、改正反対論において、子どもたちの「歪み」が強調されるのは、こうした「政治的責任論」のせいだけではない。教育学や心理学などに深く根ざした方法論的な問題があるのではないかと思う。それについては、今のところ力及ばずで、ちゃんと書けそうにないが(「思春期」のページで、少し書きました。読んでみてください)。
 
 ともあれ、子どもの現状の問題点を見つけ出し(子どもに問題のない社会など存在しない)、それを生み出した原因の責任を追及することによって、政治や制度や学校を改善するといった発想や方法論はもう止めたらどうだろう。それは確かに善意に満ちてはいるのだが、たしか「地獄への道は善意で敷き詰められている」という言葉もあったはず‥‥。