【若者の自殺3】 
 1998年から「経済・生活問題」が急増
 
30代の自殺率は過去最高 2010.8.24 / データ修正2012.5.5




 「若者の自殺2」では、学生・生徒の自殺は増えていない、とくに高校生までは低い水準を維持しているといったことを書いた。今、子どもの自殺はまるで「学校問題」であるかのように言われているが、それは未成年の多くが学生・生徒になったからであって、長期的に見れば、学校教育の普及は子どもの自殺を減少させてきたのである。
 そうしたことを書きながら気になっていたのは、それより上の年代の若者の自殺が増えているのではないかということだった。問題とすべきは、1960年代以降低い水準を維持している生徒や未成年の自殺ではなくて、就学を終えた後の若者ではないか。今回はその点を調べてみようと思う。


■自殺率の動向—中年層の自殺率の上昇

 1998(平成10)年以来、年間自殺者が3万人を超え、自殺者数も自殺率も過去最高水準と報じられている。だが、こうした認識は正確ではない。確かに自殺者数は最高水準にあるが、年齢構成の差を取り除いた「年齢調整死亡率」*で見ると、自殺率は過去最高ではない。近年の自殺者数や自殺者率の増加には高齢化による高齢人口の増加が反映しているのである(資料1)。
 内閣府の『自殺対策白書』によると、戦後、自殺による年齢調整死亡率が最も高かったのは1955(昭和30)年から1958(昭和33)年にかけてである。1955年がピークで人口10万人比38.5。それに対し、自殺者数が過去最多の2003年は 33.2、2008年は30.5と、1950年代より低い。『自殺対策白書』も、近年は1955年前後の山よりは「低い水準にある」と指摘している。

 だが、1950年代は70代以上の自殺率が高かったのに対し、近年は40代後半から60代前半の男性の自殺率が高い点に特徴がある。この年代の男性の自殺率は、1998年に大幅に上昇している。女性については、男性のような増加は見られない(資料2)。高齢者の自殺は高齢人口の増加にともない、実数では増加しているが、自殺率は1950年代以降低下している。

 ではなぜ近年、50代前後の中年男性の自殺率が高くなったのか。警察庁の2009年の調査によれば、他の年代では「健康」問題を動機とする自殺が多いのに対し、50代の自殺動機は「経済・生活」が最も多い。全体で見ても、中年層の自殺者の増加と軌を一にして、「経済・生活」を動機とした自殺が大幅に増加している(資料3)。近年の中年層の自殺の多さは、この年代の男性に経済・生活上の問題や負担が大きくのしかかっていることの反映だと思われる。
 また、自殺者で最も多いのは無職者である(資料4)。無職者の自殺者数は就業者に比べて一貫して多いが、とりわけ1998年に急増した。学生・生徒を除いた無職者の自殺率の高さは、おそらく年齢を問わない。どの世代でも無職者が最も自殺のリスクが高いものと思われる。

*「年齢調整死亡率」とは、年齢構成の異なる人口集団の間での死亡率や、特定の年齢層に偏在する死因別死亡率について、その年齢構成の差を取り除いて比較ができるように調整した死亡率をいう。(2010年版『自殺対策白書』4頁)


【資料1】自殺年齢調整率と自殺率
Pasted Graphic 9
 2011(平成23)年版『自殺対策白書』
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2011/html/honpen/part1/s1_1_07.html


【資料2】中高年(30-64際)の自殺率(人口対10万人比)
Pasted Graphic 10
 20011(平成23)年版『自殺対策白書』  —男性 —女性


【資料3】原因・動機別自殺者数
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 2011(平成23)年版『自殺対策白書』

【資料4】職業別の自殺者数
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 2011(平成23)年版『自殺対策白書』


■1998年に自殺者が急増したのはなぜか

 このように、1998年に50代前後の男性の自殺が急増し、同時に無職者の自殺と、経済・生活問題による自殺が増加した。なぜこれらは98年に増加したのか。その要因分析として、第1号である2007(平成19)年版『自殺対策白書』は資料5のグラフを載せ、自殺率の上昇は失業率と相関関係にあると指摘した。
 また、内閣府経済社会総合研究所の「自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書」(2006年)は、下記のようにその要因を分析している。98年に中年層の自殺が増加した主な要因は、経済的な問題や就業・労働条件によるものと捉えられている。

 1998年以降の自殺について経済・生活問題を原因動機とする事例を既存調査により確認すると、具体的な原因動機としては、(1)自社の倒産・廃業(多くの事例で債務返済難)、(2)失業及び再就職難、(3)収入減少・他者の債務保証等、(4)仕事の量・質の変化(過大な責任、長時間残業)が典型的と考えられる。 
http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou020/hou018.html


【資料5】自殺死亡率と失業率の推移
Pasted Graphic 4 
 2007(平成19)年版『自殺対策白書』


■若者の自殺—1950年代

 では、20代から30代の自殺はどうか。どのように変化してきたのか。ここでは自殺率が高く、変動が大きい男性を中心に見てみよう。
 資料6・7にあるように、1950年代後半は20代の自殺率がきわめて高い時代だった(10代後半も同様)。とくに20代前半の男性自殺率は高く、1955年、20代前半の男性自殺率84.1よりも高いのは、男性70代以上、女性85歳以上だった。
 一方、30代の自殺率は高くなかった。30代から40代は、当時最も自殺率が低い世代だった。

 では、この当時、若者の自殺はどのように捉えられていたのか。
 1959(昭和34)年版の『厚生白書』は、他の世代に比べ若者の自殺率が群を抜いて高いことを問題にし、資料8の警察庁の調査結果を載せている。それによると、20歳未満でも20歳から40歳未満でも、最も多い自殺原因は「厭世」で、4分の1を占めている。
 興味深いのは、「厭世」の捉えられ方である。同白書は「厭世」の背後には貧困、病苦、事業の失敗などがあるとし、それゆえ医療保障や所得保障などによって自殺を予防することが期待できると述べる。そして、「青少年層が夢を描くことのできるような社会環境の造成につとめる必要があろう」と言うのである。
 つまり、59年版『厚生白書』は、おそらく今日ならば若者の「非社会性」の表れと見なされるであろう「厭世」を、若者の内面や人間形成の問題としてではなく、その背後にある社会環境の問題として捉えたのである。


【資料6】20-30代の年齢階層別自殺率(男女合計) 人口対10万人比
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 厚生労働省「平成20年度人口動態統計(上巻)」より作成。2005年までは、5年ごとの数値。


【資料7】20-30代の年齢階層別自殺率(男性) 人口対10万人比
Pasted Graphic 6
 厚生労働省「平成20年度人口動態統計(上巻)」より作成。2005年までは、5年ごとの数値。


【資料8】自殺者原因別調(既遂、未遂)
Pasted Graphic 7

  1959(昭和34)年版『厚生白書』


■1998年以降の若者の自殺

 20代男性の自殺率は1965年には急減する。以後、1990年前半までは低い水準で推移するが、やはり1998年から少しずつ上昇する。
 かつて低かった30代男性の自殺率もまた、98年から上昇する。30代の自殺率は中年層ほど大幅に上昇したわけではないが、近年の自殺率は1950年代よりも高い。つまり、30代男性の自殺率は、中年層と同様、過去最悪なのである。
 2009年の20-30代男性の自殺動機で最も多いのは健康問題だが(鬱病が多い)、2位が経済・生活問題、3位が勤務問題である(資料9)。資料4にあるように、自殺者全体では家庭問題が3位だが、20-50代の男性では勤務問題が3位である。
 経済・生活問題というのは負債や失業、生活苦などだが、20代男性では、就職失敗が最も多いのが特徴的である。勤務問題では、20代男性、30代男性とも、仕事疲れ、職場の人間関係、仕事の失敗、職場環境の変化という順で多い。
 このように見てくると、50代男性ほどではないが、20-30代男性の場合にも、経済・生活問題や勤務問題が自殺の主な動機になっていることがわかる。98年以降の経済・雇用環境の悪化が、若者の自殺を増大させていると言えるだろう。


【資料9】20-30代の動機別自殺者数(2009年)
Pasted Graphic 8
 警察庁「平成21年中における自殺の概要資料」(2010)より作成。


■若者の自殺への対策

 自殺者が増加する中で、2006年に「自殺対策基本法」が制定され、2007年には「自殺総合対策大綱」が閣議決定された。自殺対策基本法第2条は、「自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない。」と述べている。
 内閣府の『自殺対策白書』は創刊号(2007年版)で、このように自殺対策が政策課題となった経緯について次のように述べている。

自殺防止については、これまで、厚生労働省を中心に取り組まれていたが、それらの施策が、どちらかといえば自殺を個人の問題としてとらえ、地域のうつ病対策や職場におけるメンタルヘルス対策が中心であり、また、自殺者の親族等に対する支援については、政府の取組としては、ほとんど行われていなかった。このため、自殺者の遺族や自殺対策に取り組んでいる民間団体からは、社会を対象とした総合的な対策の実施や遺族等への支援に取り組むべきという声が強く出されるようになっていた。自殺対策基本法の制定及びそれに基づく自殺総合対策大綱の策定は、このような遺族や民間団体の声に応えたものであり、これにより、国を挙げて自殺対策に取り組み、自殺を考えている人を一人でも多く救うことによって、我が国を「生きやすい社会」に変えていこうという総合的な自殺対策が進められることとなった。

 だが、「自殺総合対策大綱」を見る限り、相変わらずメンタルヘルス対策が中心である。同大綱で提起されている「社会的な取組」も相談事業が多い。働き盛りの男性の自殺を増加させた98年以降の雇用環境や勤務体制を見直すような対策は、全くといっていいほど組み込まれていない。

 また、20-30代の自殺については、中高年層の自殺と子どもの自殺の間に挟まれてあまり注目を集めないように思われる。もっとも、2009年には「子ども・若者育成支援推進法」が制定され、2010年7月には、同法に基づいて設置された「子ども・若者育成支援推進本部」が、「子ども・ 若者ビジョン」を発表している。今日の政策も若者に対する支援の重要性は十分認識しているのだろう。

 しかし、この「ビジョン」が「困難を有する子ども・若者」として取り上げているのは、ニートや引きこもりなどであり、若者の自殺は取り上げられていない。ニートや引きこもりに対する支援は、基本的に相談事業であって、若者自身をいかに社会に適応させるかが課題である。フリーターを主な対象とした「職業的自立に向けての支援」も挙げられているが、フリーターを増大させた雇用者側の問題や対策は載っていない。

 同ビジョン作成の目的が若者の「育成支援」である以上、やむを得ないのかもしれないが、私としては、ニートやフリーターにしろ、若者の自殺にしろ、若者の意識や能力の問題ではなくて、基本的に若者を雇用し働かせる側の問題だと思う。そう考えなければ、近年のフリーターや自殺の増加は説明できない。それゆえ、若者の「育成支援」を図ったとしても、若者を採用し働かせる側の問題が改善されない限り、フリーターも自殺もそうは減らないのではないかと思う。 


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閣議決定「自殺総合対策大綱」2007年
  http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/sougou/taisaku/pdf/t.pdf
子ども・若者育成支援推進本部「子ども・ 若者ビジョン」2010年
  http://www8.cao.go.jp/youth/data/vision.pdf